第二話 【赤イ日曜日】あかいにちようび
ー6月7日 12:40 雨宮千鶴(15)
『痛い……。痛い、痛い、痛い……。痛い。』
身体中が痛い。
酸っぱさを帯びた液状の何かが、喉をスムーズに通過し、昇ろうとする。喉はそれを関止めようと収縮する。
「うっ……、お、おえぇ……。」
喉を通過したそれは、緑一色の足場に、びちゃびちゃと音を立てながら流れ落ちた。
『僕が吐き出した劣等感は、思い出の場所を下劣に汚す。』
「帰らなければ」
そんな思いがふと頭をよぎり、足を進めようとする。ぶちぶちと音を立てて千切れる草、大草原の先に聳え立つ大きすぎる建築物に、目を見開く。
『バベルの塔』
それが名前だった。この街は、バベルの塔と呼ばれる建築物を囲むように、四つの都市が登録されている。
しかし、この街の住民は、生まれた時から『故郷』である都市から一歩も出ることは許されず、そして、故郷以外の都市の情報、その地名すら知らないという。これは、小学校の『社会』科目で習う、いわばこの街の『常識』だ。
ー二年前 正午 教室にて 雨宮千鶴(13)
「ーじゃあそこの君、4ページ七行目。長髪の少女はーのところから読んでくれる?」
「はい。『長髪ノ少女、印象的黒イ風景ニ。身体ヲ押サレ、圧シ潰ス混凝土ト傘。』」
ー再び現時刻
重い体を無理矢理起こし、立ち上がる。立ち上がったそのとき、太ももあたりに妙な違和感を感じ、手を伸ばし、触れる。そして、ズボンのポケットに入っているそれをつかみ、引っ張り出した。
スマートフォンだ。僕はふと『ある人』と『約束』をしていたのを思い出し、メールを開く。これの使い方は覚えていた。
【差出人:渚/Re:何処にいるの?】
それを見て僕は『約束』の内容を理解した。今日は妹の『渚』から、家に早く帰るよう言われていたのだった。通っている学校の、その教室の空気に耐えられなくなって、とうとう授業の合間に抜け出してきてしまったのだ。僕がそのことをメール経由で『渚』に伝えると、【じゃあ、今日は早く帰っておいで】と、珍しく兄思いの返信が来たのだ。
それが、気付けば僕は見知らぬ大草原の上に立たされているではないか。僕はこの場所がどこなのか、全く見当もつかなかった。ただ、ここから見える『バベルの塔』だけは、よく知っていた。
しかし、僕は自宅までの道のりをなぜか覚えていた。……『覚えていた』というよりは、僕の足がそこへ向かわせたのだ。気付けば僕は渚との『約束』の場所に着いていた。帰り道は特に何も考えていなかった。まるで映画のシーンを『スキップ』したように、僕の見ていた景色は、『草原』から『自宅』のシーンへと切り替わっていた。
『ここが、僕の居場所。』
その一軒家のドアノブに手を添え、ゆっくりと回す。僕の意志ではない。それは、僕の身体の意志だった。僕の手はドアノブを回し切り、手前に引く。
すると、その瞬間をずっと待っていたかのように、僕の口が開く。胸のあたりから吸い上げられ、喉道をすらすらと通り、何かが口から飛び出す。
それは、『言葉となった』
「ただいま。」
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