冴えないオタクの初恋はストロベリーの味がする

ゆき助

プロローグ 「故に彼は悩み続ける」



「光一君、ずっと前から好きでした。付き合ってください」



時刻は夕暮れ時、ついさっきまで威勢のある声を規則的に発していた運動系の部活動生は今は鳴りを潜め、静かな教室にそんな言葉が反響していく。



「あの先輩、それってどういう……」



そう僕がポツポツと言葉を呟くと同時に、背中が生暖かい感覚のしたもので包み込まれる。



「光一君は黙って身を任せておけばいいのよ」



そんな吐息の混じった囁き声は耳の中にある鼓膜を震わせ、自身の脳おも振動させている。それは着々と僕から思考能力を奪っていく。そして、いつ移動したのか目の前に堂々と立ち尽くす彼女の言いなりに変貌してゆく。



「先輩、そんなのダメですよ……」



最後の力を振り絞って必死に抵抗の声をあげるものの、先輩は僕の口を無理やり塞ぎこみ、口元に優しい笑みを浮かべる。


そして、先輩は右手を口元からゆっくりと離し、今度は僕の頬に暖かな右手を重ねて、そのままの勢いで僕の唇に顔をググッと近づけてくる。


あぁ、僕の初めてはここで奪われるのか。そんなことを考えながら、僕は両目をゆっくりと閉じ、その瞬間を待ち続ける。



「まぁ、先輩になら僕のファーストキスくらいならあげてもいいかな」



「って、あんたは授業中に何を考えてるのよ!」



その言葉と同時に、僕の期待していた柔らかな感触とは違った強い痛みが、右頬に伝わってくる。



「いってぇ、何すんだよ奈央!」



「あんたが授業中に変な世界にトリップしてたのが悪いんでしょ」



まだ痛みがジンジンと広がっている頬を抑えながら、自身の事を殴った張本人を見ようと目線をゆっくりと上の方に動かす。


すると、そこには一人の少女が立っていた。肩まで届くか届かないかほどの長さの金色に近い色をした髪を持ち、身長は160センチ前半と女子にしては少し高め。鼻はツンと前を向いており、目は少しつり上がっていていかにも気の強そうな印象を持たれそうなその少女は、僕の返事が気に食わなかったのかさらに相手に圧迫感を感じさせるような表示をしている。



「まぁ、そんなに怒るなよ奈央」


「そんなって言ったわねあんた。たまには話してあげてもいいかなって思ってたこの慈悲深い私にそんなことって」



奈央は僕のそんな発言を聞くと身を乗り出すように、目の前にある机の両端に両手をつけて、顔をグイグイと近づけてくる。



「わかったよ、奈央。謝るから一回その顔を僕から離してくれよ」



お前は顔だけならそこら辺の誰よりも可愛いからな、と呟いたあとに心の中でちょこっと文の後ろに付け加えておく。


僕が心のなかでそんなことを考えていると、奈央はさっきのたわいもないもめ事を消し去るように咳払いをわざと大きな音で数回行う。


そして、大きく息を吸ったあとにゆっくりと言葉を吐き出していく。




「ところで、あんたちゃんと書類は出したのよね」




「えっと、書類って何のことだっけ……」




「はぁ、思った通りね。ほんと、あの頃からなにも変わってなんかない。いい意味でも、悪い意味でもね」



僕の戸惑った声を聞いた奈央は、過去を懐かしむかのように目線を窓の外に広がるへと移す。その顔はどこか淡く、寂しさを感じさせるような顔であった。


そんな奈央の表情から目が逸らせなくて、じーっと無意識に見つめていると、そんな僕の目線を追い払うように数枚の紙切れをちらつかせる。



「これ、朝のホームルームで先生が今日までに出してっていったでしょ」



そういって奈央はさっきまで涼しく靡かせていたプリントを顔の近くに突き付けてくる。



「えっと、部活動のご案内?」



押し出されたことによってくしゃくしゃになった紙を奈央から貰い、書かれている文章に目を通すと、そんな数文字の単語が瞳に移りこむ。




「そうよ、あんたもこの学校に入ったなら入学規約くらい知ってるでしょ?」



「あぁ、確か勉強と部活動の両立だっけ」



「なんだ、ちゃんと分かってるんだ」



紙を見ながらそう奈央の言葉に答えると、僕が答えられたのが意外だったのかちょっと見直したぞ、と言いたげな表情をこちらに向けてくる。



「ここの学校は結構規則とかが厳しいらしくて、生徒は原則的に部活動に参加しなくちゃいけないことになってるのよ」



「嘘だろ」




「ウソじゃないわよ、このバカ」



僕が奈央の言葉に突っかかろうと言葉を投げ掛けようとすると、直ぐ様鋭い言葉で僕の口を塞ぎこむ。


そして、そんな僕の姿を呆れるように見た後に、奈央は一回深くため息をつく。



「まぁ、ちゃんと今日中に入る部活くらい決めといてね」




「偉そうに言ってるけど、奈央は何か部活に入ったのかよ」



そんな奈央のことばに、まるで子供みたいに少しムカついて言い返すと、目の前の金髪少女は再度深くため息をつき、少し蔑んだような目で見つめ返す。



「あたしはちゃんと吹奏楽部に入ってるつーの! ……もうあんたとは違うのよ」




彼女はそう少し小さな声で呟き。その美しい顔に微笑を浮かべる。何か声をかけようか、と頭の中をフル回転させている間に、奈央はゆっくりと扉に手を掛けてガラリと音をたてなから教室から立ち去っていく。



「奈央……」



僕が呟いた細々とした独り言は、教室中に広がる静寂な空間に飲み込まれ、ただ虚しくその影を消していくのであった。

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