第46話 希望の扉



「それでは、もう一度宝物殿へ一緒に行ってもらえますか?」

 宮司は壁に設置された鍵の戸棚から宝物殿の鍵を取り出すと、いつもよりもゆっくりとした摺り足で廊下へ出た。皆、黙って宮司の後に続く。


 キイイイ……


 いつもの様に軽やかに扉は開いた。

 黙ったまま宮司は、中央に置かれた巨大なあの屏風の前まで進んで行った。

 するり……と絹の布を外すと、見事な屏風絵が姿を現した。

 真っ白に戻されていた筈の屏風は、皆の期待を裏切る事なく、素晴らしい屏風絵へと変貌を遂げていた。

 かつてと同様に古来の人々の暮らしが緻細に描かれ、また、かつてのそれを上回るほどの雅を感じさせる、美しく豊かな屏風絵だった。

「あれ……?」

 なっくんが何かを見つけた。

「気付きましたか」

 宮司の言葉に総代も屏風絵に顔を近づけた。

 絵の中には、青々しく茂る秘宝植物の畑が描かれており、畑の中央には一本だけ、金色に輝く秘宝植物が悠然と立っていた。誰もが納得できたはずだ。それは、最後まで耐え抜いたあの一本の秘宝植物だと。そして秘宝植物の上空を金色の大きなオニヤンマがヤモリを背中に乗せて浮遊している様が描かれていた。

「ヤーモン……ドラゴン……」

 なっくんがそう呟いた時、ガチャン……! と壁側から音がした。

「あっ、あれは……!」

 またしてもあの扉が現れ、今度は何もせずとも入り口は大きく開け放たれていた。

 迷わず皆、中へと進んでいく。相変わらずの無機質な通路。突き当たると、かつてあった『意識の扉』と『未来の扉』、どちらが残されたのか、それとも新しい扉になったのか、そこに残されていたのはたった一つの扉だけだった。予想外の展開に皆、言葉を失う。鍵は掛かっていない。


……ギイイイイイ……


 さっきと同様、扉は開いた。


「何やってんだ。早く入れよ」

 突然、中からドラゴンの声がした。

「ドラゴン……!」

 なっくんが叫んだ。

「なっくん、これ、ありがとう」

 ミラーボールの目をキラキラと輝かせたドラゴンの、巨体に見合った太い親指に、あのひまわり柄の椅子の脚カバーが指サックのようにはめられていた。

 奴の目の高さ、両の親指を天に突き立て誇らしげに喜ぶ姿は、吹き出さずにはいられない程の道化ぶりだった。

「ドラゴン、あれ、夢じゃなかったんだね」

「う〜ん……。ま、そういう事かな」

 否定とも肯定とも取れぬ微妙な答え方はどこか意味深だったが、なっくんは微笑んだままそれ以上聞かなかった。



 前方には、青々と茂った秘宝植物の畑があった。

 それは少し前に訪れた場所、『未来の扉』の中と似た景色だった。あの時は大きなひまわりと飛龍の姿があった。だが、今は秘宝植物が風に揺れているだけだ。そして畑の中央には金色の秘宝植物が、一本柱の様に悠然と立つ。

 この光景、何かとダブる……。そうだ……! さっき見た屏風絵の中の世界だ。


「ここは『未来の扉』から『希望の扉』に変わったんだぜ」

 突然、今度はヤーモンの声がした。

「嵐蔵、お前もう分かっただろ」

 そうか……! 確か『意識の扉』の中で折座がこう言っていた……。



——あちらの扉は未来です。今後、『未来の扉』の中がどうなるかは今の我々にかかっています——


——この世界の『意識』は神の遣い。希望がエネルギーの源なのです——



 俺たちは秘宝植物を守る為、絶対に失敗は許されないという難題に挑んだ。そして結果を出した。もしも何もしていなければ、きっと今の俺たちも、この町の賑わいも無かっただろう。もちろん、この躍動感あふれる美しい秘宝植物の畑の存在も……。


『未来の扉』の鍵が開いた頃は、まだ現実に秘宝植物は復活を遂げていなかった。

 立派な黄色いひまわり。巨大オニヤンマ、飛龍……。

 まだ不確かな姿の未来を支えるように、希望を導くように、一心の願いを込めて守る……。その象徴だったのでは!

 弱まり始めていた光の力を、日を追い角度を変えるひまわりに集めさせ、そのパワーを秘宝植物の畑へと注入できるよう、折座が呪術を施していたのでは……!

 ここが『未来の扉』から『希望の扉』へと変わったのは、完全に途絶えると思われていた秘宝植物が金色の秘宝植物を誕生させ、永遠不滅の神宝となり、揺るぎないものを構築した事に起因するのでは……!


「そうそう、そーゆー事。お前の洞察力は天下一品だな」

 

 ヤーモンはあっさり言った。


「……て事で、もう暫くしたら俺たち冬眠の時期が来るから、もう今年はこのままここに居る事にする。また来年会おうぜ」

 奴らは、さあさあ、早く帰った、帰った、と言わんばかり、さっさと説明を済ませ、俺たちを扉の方へと追いたてた。

「来年な!」

「じゃあな!」


……ギイイイイ……バタン!


 呆気なく扉は閉められ、俺たちはここに来て初めて、来た道を宝物殿の方へと引き返す事となった。





 


 

 







  

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