第45話 新たな始まり
年に一度の祭りも無事に終わり、町の住人たちの心は満ち足りていた。
町役場や自治体、そして青年部が一堂に会して町おこしプロジェクトが結成されたのは、祭りを終えたつい先日の事だった。
この短期間で、あっという間に町の商店街はリニューアルした。
もしや折座や五代目酋長らが呪術でも施したのだろうか? と思える程に、あらゆるものの完成速度には目を見張るものがあった。
『秘宝植物通り』と名付けられた商店街は、その名の通り、秘宝植物を原材料とした様々な店が立ち並ぶ名物ストリートとなった。
布類を含む衣料品、家具、民具、和菓子、玩具、化粧品、健康食品など、生活に密着した品の殆どをこの秘宝植物で賄えるほど、その種類はバラエティに富んでいた。
中でも最大の売りはもちろん、『秘宝茶』だ。
創業百年を誇る老舗の茶屋が、ちゃんとその存在を守っていた。
楽しげな談笑が聞こえてくる。地元の奥さんたちが、茶屋の店先の
俺もなっくんも、地元ながら観光に来ている様な新鮮な気持ちで『秘宝植物通り』を歩いて回った。この界隈は、もう既に酔いしれてしまいそうな香りで満たされている。歩いているだけで心地良くなった。
「きゃ〜。何これ、可愛い〜!」
突然、若い女性の甲高い声が耳に飛び込んできた。土産物の店からだった。
近づいてみると、女性が手に取っていたものは『ご当地キャラクター』と書いた棚に置かれているマスコットだった。
「あっ、あれは……!」
俺もなっくんもギクッとした。
何を隠そうそのキャラクターは、あの変身した状態のドラゴンだったのだ。チャームポイントはミラーボールの目とばかり、やけに強調されている。秘宝植物の束を抱えたバージョンや、ヤーモンを抱いたバージョンや、ひまわりの靴下を履いているバージョンが、棚を賑やかに飾っている。
それを見て俺は咄嗟に思い出した。……ドラゴンにひまわり柄の椅子の脚カバーを渡す約束……。ああ、すっかり忘れていた……。
するとなっくんがクスッと笑いながら言った。
「本当に不思議だね。この前、夢にドラゴンが出てきたんだよ。なっくん、ひまわり柄の靴下ちょうだいって言って。で、夢の中の僕、納戸からあの椅子の脚カバーを出して渡したんだよね。目が覚めた後気になって納戸を開けたら、椅子の脚カバー、無くなってたんだ。一瞬、夢か現実か分からなくなっちゃった」
そう言うとなっくんは、ひまわり柄の靴下を履いたドラゴンのマスコットを手に取った。
「嵐蔵、これ買おうか」
「私がプレゼントしましょう」
いつの間に隣に立っていたのか、突然声をかけてきたのは宮司だった。
「ささ、こちらへ掛けて」
いつもの様に社務所へ招かれ、すっかり香りを取り戻した秘宝茶を宮司は丁寧に淹れてくれた。
宮司から買ってもらったマスコットは、匂い袋の様にあしらわれているのか、酔いしれてしまいそうな香りが気持ちを癒してくれた。
「……そうですか。折座さん、最後に来てくれたのですね」
宮司は少し淋しそうに呟いた。
「本当に良かった……。彼らのおかげで、あの銅の鈴も他の神宝と一緒に宝物殿に大切に保管する事ができました。それだけでなく、秘宝植物がこんなに見事に、見違えるように蘇り、産業まで栄え、皆が一つに纏まって……。町中の皆がこれほどまでに秘宝植物を愛していたのだとは知りませんでした。私は本当に嬉しい……!」
宮司は言葉を詰まらせ、目を潤ませた。
「宮司! 宮司! 大変な事になっていますよ!」
ドタバタと履き物を脱ぎ散らかして総代が飛び込んできた。
「……あっ、なっくん! 嵐蔵くんも! 久しぶり……というか何というか……。いやあ〜、大変でしたね!」
相変わらずのパワフルさだった。
「総代、どうされたんです?」
「あっ、失礼。実はあの秘宝茶の売れ行きが好調で、それに伴って他の秘宝植物製品にまで注目が集まってきています。おまけにマスコットのヤーゴンが爆発的人気で……」
「ヤーゴン?」
「あっ、またもや失礼。ヤーモンとドラゴンをくっつけて命名したのですが、これまた不思議! 誰にも疑問を持たれず即決だったのですよ!」
総代は興奮が抑えられない様子ではあるものの、不安げな面持ちを滲ませてもいる。
「ただ、私は心配になってきて……。こんなに急速に話題になり過ぎても良いものなのでしょうか」
「大丈夫ですよ。若者たちに任せてみましょう。思いませんか? 彼らはきっと『始めの民』の血を濃く受け継いでいると……。温故知新。これは決して単なるリニューアルではありません。そしてにわか作業でもありません。彼らは彼らなりに、ずっと秘宝植物を案じていたのでしょう。私たちが思っている以上に彼らは大人で冷静です。それに、古来から伝承されている薬に於いては、この神社だけで扱う事になっています。秘宝植物の株分けについても、ちゃんと相手を見て、慎重に対応していきますのでね。ご安心を」
宮司の言葉に総代の表情から不安が消えた。
「さあ、総代も一休みして」
総代は差し出された秘宝茶をゆっくりと啜り、腹の底から声を出して大きな溜め息をついた。
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