第41話 呪術が消える時



 何という心地良さだ……。

 風が頬を撫で、ゆらゆらと揺りかごに乗せられている感じだ。

 何か気配を感じる。

 だが、心地良すぎて目を開けたくない。もう少しこのままでいさせてくれ。

 

 人が朝目覚める時に「あと5分だけ」と言いたくなる気持ちが分かる。なっくんでさえ時々ある。


 ああ、それなのに、本能が勝手に目を開けさせる。


 ここは……?


 ざわざわ……ざわざわ……ざわざわ……


 秘宝植物の畑のど真ん中だ。

 さっきの場所に戻ったという事だ。折座は? なっくんは? 皆は……?

 ぴたりと揺りかごの心地良い揺れが止まった。残念な思いと共に意識が目覚める。目の焦点が定まると、視界の中に一人の人物の姿が飛び込んできた。さっきから感じていた気配は、この道の先に立っている人物のものだったのだ。



……ざわざわざわざわ……ざわざわざわざわ……ざわざわざわざわ……



 秘宝植物が、何かを訴えるように急に騒ぎ出した。



「父上……」


 その声は折座だった。俺に向かって言っている? いや、違う。視線の先を辿り見上げると、俺のすぐ側に五代目酋長の顔があった。あの心地良い揺りかごはこういう事だったのか。俺は眠ったまま、五代目酋長に抱き抱えられここへ辿り着いたのだろう。何とも照れ臭くなり、五代目酋長の腕からそそくさと降りた。


「折座よ。よくここまで成し遂げた。立派だ。父は嬉しい。だが最後の仕事はこれからだ。良いな」

「はい、父上」

 そう言うと折座は俺の元へ身をかがめ、優しく微笑んだ。

「嵐蔵。信じていたよ。やはりお前は、父を、そして彷徨う魂を救う神の犬だ」

 振り向くと、少しうつむき加減で立つ魔術師の姿があった。


「あ、あ、あれは誰です?! 」

 素っ頓狂な総代の声によって、この場が、過去や現在が融合する不思議なキーステーションとなっている現実を直視する事ができた。

「総代、大丈夫ですから。すぐに分かります」

 宮司が総代の肩に軽く手を置いた。



……ゴーッ……

…………ざわざわざわざわ…………ざわざわざわざわ…………ざわざわざわざわ……………………


 秘宝植物のざわめきが徐々に激しさを増していった。

 すると次の瞬間、これまでに見た事のない、目を疑う光景が広がり始めた。


……ガサガサガサ……バサッ…………バサッ、バサッ、バサッ…………


 不吉な音が遠慮もなしに辺りを支配する。

 黄色く変色した葉先。茶色くしなびた茎……。秘宝植物は、意識を失うように次々と倒れていった。

「ああっ! 秘宝植物が!!」

 折座と五代目酋長以外の皆が、声を合わせ叫んだ。


「折座よ。遂にこの時が来た。ここへ」


 親子共々、類稀なる能力を持つ者たちの為せる技。取り乱す事なく冷静に、手短な会話で全てを理解し合う。


「さあ、こちらへ来て」

 折座は大人しくうつむく魔術師の背中に手を当て、共に五代目酋長の元へと近づいていった。素直に応じた魔術師の両手は、またしても黄金色に輝き出した。


 まばゆい光は時として、風さえも起こすほどの神秘的な威力を持っているのだろうか? 折座の髪が秘宝植物と共にこの上なく激しくなびきだす。それは目を開けていられぬほどの強大な力だった。

 徐々に顔を見せ始めた水鏡が、この光の威力に共鳴し、またもや光の液体へと変貌を遂げ始める。

 秘宝植物の山はどんどん数を増し、とうとう最後の一本が枯れ始めた時だった。


「今だ」


 五代目酋長は、持っていた神宝の鈴を水鏡の光の液体の中へと投げ入れた。

 それに合わせ折座は、黄金色に輝く魔術師の両手を掴み、秘宝植物が根を張る土の中へ思い切り突き立てた。

 


 一瞬、全ての動きが止まり、音も消えた。



 まさに土との一体化。両手を土の中に入れたままの魔術師は微動だにしない。

 


……キラリ……!



 突然に目をかすめた光はレーザー光線の鋭さだった。土の中に埋まる魔術師の手元から見え隠れする光は、漏れ出しては引っ込み、漏れ出しては引っ込みを繰り返し、あちらへ向いたりそちらへ向いたりと、どこか心許こころもとない。

 不規則でぎこちない光は自らの強大な力を持て余しながらも、暴れ馬をやっと飼い慣らし終えたといった様子で、ようやく姿を見せた。


 地中から湧き出す光は、遠慮もなしに魔術師の顔を黄金色に染めた。

 そして黄金の輪は、土の中に突き刺した魔術師の両手をぐるりと取り囲む様に、内から外へ、内から外へと次々に溢れ出す。光の噴水であるそれは、死にかけた土壌を神秘の力で耕して行った。



 残り一本の秘宝植物は間一髪、命を持ちこたえた。

 黄色く変色しかかった葉先には、変わって金色の輝きを蓄え始めている。そして青々と蘇った茎は力強いしなりを見せ、風で揺れる度、葉先を彩る金色の粉が辺りに振り撒かれた。


 風に漂い飛ぶ金色の粉は、光の風だろうか、風の光だろうか……。

 神秘の力は、倒れた秘宝植物たちを癒すように畑中を煌めかせた。それは希望に満ち溢れ、美しく壮大だった。



……さわさわ……さわさわ……さわさわ……



 金色の粉を纏っているだけで、秘宝植物のざわめきがいつもよりも繊細に聞こえてくるから不思議だ。

 畑全ての秘宝植物は見事に復活した。


 今、俺の心は喜びに打ち震えている。

 魔術師は土に手を差し込んだまま、この神秘的な風景に見入っていた。

 このまま土にかえってしまうのではと心配になってくるほど、魔術師は動かなかった。

 しばらくその様子を見ていた五代目酋長が、魔術師の元へ歩みを進めた。

「さあ、その手を引き上げなさい」

「いやだ!」

 まるで駄々をこねる子供だった。五代目酋長の言葉に抗う彼は、どこかあどけない印象さえ感じさせた。

「心配はいらぬ。その手を引き上げても、お前は以前の魔術師には戻ることはない。さあ、力を抜くのだ」

 

……本当に……? 


 そんな魔術師の心の声が聞こえてきそうだった。

 彼はつぶらな瞳を大きく見開いて五代目酋長を見上げている。もはや完全なる別人だ。

 五代目酋長は腰をかがめ、魔術師の手を持ち、ゆっくりと土から引き抜いた。



 秘宝植物が一斉にざわり…………、と畑一面を大きく波打たせた。









 

















 

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