第38話 道の果てから
チリリリリン……
折座の手の中で、銅の鈴の音が軽やかに響いた。
秘宝植物のざわめきが、さらに大きな広がりを見せていく。
折座の足元から畑の中心部へ向け、一本の道が現れた。
秘宝植物は右へ左へとそれぞれが意思を持って列をなし、天高くそびえる巨大な植物の壁は、十戒を思わせた。
折座は鈴を鳴らしながら道を進んでいく。
チリリリリン……チリリリリン……チリリリリン……
畑の中心付近まで進み、折座はピタリと足を止めた。
それに合わせ、秘宝植物が激しく暴れる様に葉を揺らし始めた。
まるで折座を守る様に全身全霊で踊っているように見える。
あれは……!
猛り狂う様にしなる葉先が、何かを弾き飛ばしているのが見える。それは折座にまとわりつこうとする黒い影だった。
「よこせ……。その鈴をよこせ……。それさえあれば秘宝植物は俺のもの……。よこせ……」
魔術師の声だけが聞こえる。魔を操っているのだ。
「……執念固執 手放し花咲く
良しも悪しきも 紙一重……」
突然、折座が歌を詠んだ。
この歌は……!
以前、すすり泣く女に追い詰められた時に助けられた主様の歌だ。
なぜ折座が……?
「ウウウウウ……! やめろ……! やめろ……!」
魔術師の苦しむ声が響き渡り、操られていた黒い影が一つ、二つと消えていく。
「それ、一緒に楽しもうぞ。初代酋長の生き写しよ。……な? 酒は好きか? 女は? 何でもくれてやるぞ。だから…………。その鈴をよこせ!」
折座の周りを、徐々に霞みがかった赤色が取り巻いていく。するとどこから現れたのか、肌も露わな女たちが妖艶な仕草で折座へまとわりつき、あたかも誘惑するかの様に手足を絡ませている。目の前には酒や豪華な食事が所狭しと並べられ、いつの間にか秘宝植物の畑であったはずのそこは、金銀財宝、豪華絢爛な豪邸の様相を呈していた。
折座は黙って身を委ねている。
「……さあ、その鈴を
魔術師が折座に向かい、暗示にかける様な気味の悪い口調で囁いた。
「……時
産毛にも弾く 淡き泡の如し……」
折座は動じる事なく次なる歌を詠んだ。
「ぎゃあああああ……!」
魔術師の絶叫と同時に、桃源郷が消えていく。
それを見届ける様に、折座は鈴を鳴らし続けた。
チリリリリン……チリリリリン……チリリリリン……チリリリリン……
チリリリリン……チリリリリン……チリリリリン……チリリリリン……
ざわざわと秘宝植物の葉音が蘇り、真っ直ぐの一本道が復元された。
それと同時にキラキラと輝く何かが視界をかすめた。
「あれ、水鏡だぜ」
遠目に強いスペシャル複眼を持つドラゴンが、目ざとく見つけ知らせてきた。魔術師の術などそっちのけなところが奴らしい。
目を凝らし見ると道の突き当たりでは、確かに、森の中の湖を思わすあの美しい水鏡が水面を揺らし光を放っていた。
折座は鈴を鳴らしながら真っ直ぐ歩いていく。
折座の背後で一つの黒い影が、現れては消え、現れては消え……を繰り返しつきまとっているが、彼は何の反応も示さない。
水鏡の前に辿り着くと、折座の足はゆっくりと止まった。
すると水鏡は、これまで見たこともない強い光を放ち始めた。水面は激しく波打ち、それは言うなれば光の液体とでも言いたくなる程に、強く濃い光だった。
折座は銅の鈴を両手で大事に包み込み、優しく水鏡の中にポチャン……と捧げた。
生きた光の液体は、ゴクリと音を立て飲み込んだかの様な、大きなうねりを見せた。
そしてすかさず、一つの黒い影が折座の脇をかすめ、うねりを伴う光の中へ吸い込まれていく。
黒い影はジタバタと暴れ、吸い込まれていきたいのか、それとも抵抗しているのか、俺たちには判断できかねていた。
すると折座の優しい手が、ぽん……と、まるで背中を押す様に光の中へ影を溶け込ませた。
俺は、この時の折座の行為の意味を、後々、知る事となる。
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