第37話 未来の扉



 キイイイイイイ……


 宝物殿の扉は一人でに開いた。

 折座の顔を見ると、端正な顔に不釣り合いともとれる鋭い目が大きく見開かれ、充血した眼球に光が相まって、一瞬、背中の毛がゾクリ……と逆立つほどの迫力だった。

 鍵も使わず、眼力だけで重厚な扉をいとも簡単に開けるという離れ業に、皆一瞬、言葉を失った。

 


 中へ入ると、整然とした清潔な空間は、これまで通りの宝物殿の室内だった。

 俺たちは無意識に巨大な屏風を探す。絹織物の布が掛けられた屏風と思しきそれはあった。だが折座は目もくれず通り過ぎる。

「気になるでしょうが、今は見なくて良いでしょう」

 まるで俺たちの心の中を見透かした様に、折座は振り向く事なく言った。


 いつの間に現れたのか、折座の前にはあの古びた扉が待ち構えていた。それはまるで、折座を招き入れるかのようにゆっくりと開いた。

 何のためらいもなく中へと進んで行く。無機質な通路は、以前通った時と同じ。皆、黙って後に続く。


 行き着いたのは、やはりあの二つの扉が並ぶ場所だった。

『意識の扉』と『未来の扉』。以前ここへ訪れた時は、この二つの扉のうちの片方の扉……、即ち、『未来の扉』には鍵が掛かけられていた。だが今回は両方とも鍵は掛かっていない。どうするのか。

 折座は迷う事なく『未来の扉』の方の取手をおもむろに掴み、静かに開けた。

 皆、恐る恐る中を覗き込む。

 そこは眩しい金色の世界だった。時折風が吹き抜け、その度に足元の雲がふわり……と掻き分けられていく。そしてまた雲に覆われる。空には月や太陽らしきものが現れては消え、現れては消え、それらもまた繰り返されている。

 似ている……。この世界は、あの移動した時のと同じ世界なのだろうか……?


「怖がる事はありません。この扉の鍵が開いていたと言う事が、何よりの吉兆なのですから」

 すると雲の切れ間からうっすらと何かが現れてきた。

 幻想的な景色だった。

 雲が薄いレースの様に風でなびき、それを透かす様にして浮かび上がったその緑は、秘宝植物だった。

 この、広いのか狭いのか、明るいのか暗いのかさえも分からない世界にポツンとそこだけが躍動している、緑の美しい絨毯、秘宝植物の畑。

 その片隅に、チラチラと何かが見え隠れする。それをいち早くキャッチした奴が叫んだ。

「ひまわりだ!」

 もちろん、声の主はドラゴンだった。頭の上にヤーモンを乗せている。


「あわわわわわわわ……!」

 いつの間にか? していた、ドラゴンとヤーモンの異様な巨体の出現に、総代がいつもの様に腰をぬかしていた。

「あの、実はこの子たちは……」

 なっくんが宮司と総代に説明をしている間に、ドラゴンはひまわりのところまでさっさと一跨ひとまたぎだ。大のひまわり好きだという事に間違いはないようだ。あの椅子の脚カバーに強く反応したのにも合点がいく。

 俺も奴の後に続いた。



 ざわざわと心地良い音が、あの酔いしれてしまいそうな香りと踊っている様だった。俺は目を閉じて思い切り息を吸い込む。

「飛龍」

 いつの間に隣に居たのか、全く気配を感じさせなかった折座は、ひまわりの上にとまっているオニヤンマに声をかけた。折座の友達の、あの大きなオニヤンマ、飛龍だ。

「折座。ひとまず時間は確保できた様だな」

 そう言うと飛龍はくるくると複眼を動かし辺りを見渡した。

 派手な姿のドラゴンに気づくまで、そう時間はかからなかった。

 ミラーボールの複眼を煌めかせながら見入るドラゴンを、飛龍は調べる様に右左へと素早く飛びながら確認していた。

 意外にも飛龍は、ドラゴンの姿に驚くことも、拒絶反応を示す事もなく、すんなりと現実を受け止めた様子で普通に話しかけた。

「まあ、そう焦るな。このひまわりは俺の寝床だ。お前にもいずれ手に入るであろう」

「……そうなんだな。分かった」


 とても不思議だった。

 この? には自己紹介も現況の説明も何も必要ない様だったからだ。

 隣で折座がクスリ、と笑った。

「何も心配要らないよ、嵐蔵。彼らには独自の能力がある。黙っていながら情報の伝達ができ、理解ができる」

 


「嵐蔵!」

 息を切らせながら、なっくんが宮司と総代を率いて走ってきた。

「頼みますよ、置いていかないで下さい」

 総代は額の汗を拭いながら情けない声で懇願した。

「これは申し訳ない。私の親友が待っていたものですから」

 三人は、ひまわりの上にとまっている巨大なオニヤンマを見上げた。


「ねえ、嵐蔵。このオニヤンマ、家に来ている時のドラゴンとそっくりだよね」

 すると折座が俺に代わってなっくんに答えた。

「名は飛龍と言います。ドラゴンとは遺伝情報で繋がれています」

 やはりそうか! 似ているはずだ。……そしてドラゴンも色々なものを背負って生まれて来たのだろう。期待、希望、光……その他……。破茶滅茶だが、見ているだけで勇気が湧いてきそうな姿は、非現実的な芸術作品とも言えよう。



「それではなっくん。例の銅の鈴を出してくれますか」

 折座の目に強い光が蓄えられてきた。

「はい」

 なっくんはズボンのポケットから鈴を出し、折座に手渡した。








 


 


 





 

 




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