第36話 秘宝植物の香り



 ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ。


 神社の社務所へ向かい、砂利道を歩く。

 その音に気付いてか、勢いよく社務所のドアが開けられた。

「あっ! 君たち!!」

 総代が半泣き顔で、室内用のスリッパを引っ掛けたまま飛び出してきた。

 続いて宮司が飛び出してくる。

「良かった! 無事で……!」


 そうして俺たちは社務所に入り、現代版の秘宝茶を折座と共に啜る事になった。


「草分け的存在の方に対しておこがましいのですが……」

 宮司は一言添えて秘宝茶を出した。

「……なるほど。これは急がなければなりませんね」

 秘宝茶を一口飲み、折座は湯呑みを置いた。

「やはり香りが失われて……?」

 宮司の問いかけに、折座は薄笑みを絶やす事なく、深刻さを受け止めた様子で頷いた。


 宮司も総代も、これまで経験した事のないや摩訶不思議な体験の数々により腹が据わったと言うべきなのだろうか。そこで折座が火を使う事なく香の煙をくゆらせて見せても、彼らは普通にそれを受け入れていた。その並々ならぬ進歩に、皆が同じ志を持っているのだと感じた。


「香りというものはご存知の通り、祓いにも癒しにも、そして魔除けにもなり得ます。これが失われれば魔にとっては好都合という事になります」

「ど、どうすれば良いのでしょうか……!」

 総代は残りの秘宝茶を飲み干すと、湯飲みの口と自分の口をハンカチで手早く拭った。

 折座も残りの秘宝茶をゆっくりと飲み干し、秘宝植物で作った布で湯飲みの口と自分の口を拭った。


「さて、行きましょうか」

 秘宝植物の布を懐にしまうと、折座は立ち上がった。酔いしれてしまいそうなあの香りが、折座の動きと共に漂う。

「どちらへ行かれるのですか?」

 宮司が一緒になって立ち上がる。

 折座は何も言わず微笑んだ。そのまま社務所のドアを開け、長い廊下をゆっくりとした摺り足で進んで行く。皆、急いで後を追う。

 折座は本当に不思議だ。

 彼の立ち居振る舞いは全てがゆっくりとしていて、醸し出される上品な物腰から考えれば、まずスピードとは無縁なはずだ。なのに兎角とかく展開が早い。見失わない様にしなければ……という危機感にも似た感情が本能を刺激する。


 折座が向かった先は宝物殿だった。


 

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