第35話 折座との再会
「ごちそうさまでした」
なっくんは行儀良く手を合わせた。
母の機嫌はもうすっかり治っていた。
大事な息子が無事に戻って来ただけでありがたい……。そんな母親の気持ちは分かるのだが、これも食べなさい、あれも食べなさい、と休む暇もなく母のもてなしに付き合わされたなっくんは、帰って早々、大変だった。
「あら、嵐くんも綺麗に食べたわね。偉いわよ〜」
いつものように母は俺の頭を優しく撫でた。
「じゃ、お母さん。明日は学校だから、お風呂に入ってから宿題済ませるね」
「そう。ゆっくり温まるのよ」
部屋に入るとホッと一息ついた。
「嵐蔵。疲れたかい?」
床に伏せる俺の頭を優しく撫で、なっくんは優しく微笑んだ。
「僕、お風呂に入ってくるから少し休んでて」
そう言ってなっくんは着替えを持ち、部屋を出た。
本当に疲れた……。
俺はそのままうとうとと眠りについた。
どれ位の時間が経っていただろう。
「……嵐蔵、嵐蔵」
誰かが呼ぶ声に起こされ目を開けた。
目の前にいたのは折座だった。
「すまない、嵐蔵。驚いただろう?」
続いてなっくんが風呂から上がって来た。
「ふう〜、お風呂気持ち良かったよ、嵐蔵」
ドアを開けてすぐの光景に、なっくんは目を何度も瞬きさせて暫し立ちつくした。一瞬わけが分からなかったようだ。
「え……? 折座さん?」
「すみません、なっくん。驚かせてしまって」
部屋の中は風など吹いていないはずなのに不思議だ。折座の髪の毛は風になびいている様に感じる。
「ここに来られたのも嵐蔵のおかげだよ。ほら、あの光が照らしてくれたからここが分かった」
あの光……?
俺となっくんは窓に近づき空を見上げた。
……キラリ……! ……キラリ……!
呪縛からの解放を知らせる光……。
やはりもう始まっていたのか。
「嵐蔵、父上に会ったのだろう? ありがとう。あと少しで父上は救われる。この光はかなりの時間を与えてくれる。それだけ多くの魂を救ったという事だ」
……キラリ……! ……キラリ……! ……キラリ……!
どんどん光の数は増えていく。
同時に外から歓声が沸き起こってきた。
「何かしら……! すごいわ……!」
「流れ星……!?」
「いや、流星群じゃないか?!」
口々に憶測をぶつけ合っている。そんな人々のざわめきをよそに折座はマイペースで言った。
「さ、嵐蔵、なっくん、行きましょう」
「え……? でも夜に抜け出すのは難しくて……。しかも今日は心配かけたからなおさら」
「大丈夫。ついて来て」
そう言うと折座は部屋のドアを開け、音も立てず廊下へと出る。
なっくんは急いでベッドの中にクッションを詰め込み布団を掛けた。
そして俺たちはそのまま折座の後を追った。
玄関の扉を開けると、母があの世話好きのおばさんや近所の人たちと一緒になって流れ星を鑑賞しているところだった。
「どうしよう……。絶対抜け出せないよ」
なっくんは弱気な声で呟いた。
「大丈夫。さあ、おいで」
折座は堂々と胸を張り、
「折座さん……!」
なっくんは慌てて止めようとした。
それでも折座は何食わぬ顔で、井戸端会議のど真ん中に向かい進んでいく。折座の目の前には、あの世話好きのおばさんが立ち塞がっていた。
「……だめだ……! 気づかれる……!」
なっくんは目を覆った。
「……綺麗よね〜。ずっと見ていたいわ」
「ほんとね。何かいい事ありそうな気がしてくるわよね」
……え? 誰も驚かない。それどころか、何事も起こっていない感じだ。
いつの間に通り過ぎたのか、おばさんの向こう側に立っている折座がこちらに向かって手招きをしている。
俺はなっくんより先に飛び出して、おばさんに突進する様にして見せた。
「あっ! 嵐蔵! ダメだよ!」
案の定俺は、おばさんの体をすり抜けた。折座が何らかの呪術を仕掛けたのだろう。
折座の側まで辿り着くと、俺の頭を撫でながら彼は言った。
「嵐蔵。お前は本当に賢いね」
折座の能力も研ぎ澄まされていっている。
「うわわわわわ……!」
振り向くと、なっくんがおばさんの体をすり抜けていくところだった。
「イ〜ヤッホー!」
続けて、ブ〜ン……! という羽音と共に、ドラゴンがヤーモンを支えた状態でおばさんを通過した。
「お前たち、わざわざおばさんを通過しなくても普通に飛んでたってそれほど変には思われないんじゃないのか?」
「何だよ、それを言うならお前たちだって同じところを通過したじゃないか。面白がってるだろ」
確かにそうだ。別に意味はないが、焦るあまり折座のルートにつられただけだ。きっとなっくんもそうだ。
その会話を聞いていた折座は微笑みながら言った。
「あのご婦人が逞しそうだったからつい。ここをすり抜けても大丈夫だと証明して見せたくてね。だが、ついでに面白がっていた」
「ほらな〜」
「分かった分かった。さあ行くぞ」
………とは言ったものの、折座はどこへ行こうとしていたのだろう。
俺たちは黙って折座の後に続いた。
いつもの道。しばらく歩くと神社の鳥居が見えて来た。
「……鈴を鳴らせばすんなり移動ができるかもしれないが、今はこの世界も混沌として来ている。思った通りの場所には行けないかもしれない。だから自分の足で行くんだ」
折座はそう言い、神社の鳥居をくぐった。
ざわり……!
風が折座の髪をかき乱した。
御神木の樫の木が、折座の登場を待ちわびていたかの様にざわめき、激しいうねりを見せた。
折座はそのまま巨大な御神木を見上げた。
「立派になったな」
折座は御神木に近付くと、樹齢数百年を誇る巨木の幹に掌を当てた。
ざわざわ……ざわざわ……ざわざわ……
まるで動物の様に、御神木は枝葉を揺らし風を起こした。大きくしなる枝葉は折座の髪を何度も何度も撫でていた。
折座は目を閉じ両手を広げ、直径数メートルにも及ぶ御神木を抱きしめた。
神秘的な光景に目は釘付けになる。
明らかに御神木は折座との再会を喜んでいた。
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