第34話 呪縛からの解放



 俺は、五代目酋長も彼らと同じく列に続くのだろうか……? と思っていた。

 そんな俺の心中を察したのか、彼はこう言った。


「確かに、彼らに与えられたのは大いなる神からの恩赦のようなものだ。ご高配賜れば良い。だが私はそうはいかぬ。理由はどうあれ、私のとった大いなる神への行いは不届き千万。まだ最後の仕事が残っている。そこで初めて最後の裁きを賜れるのだ。……私は大いなる神を信じている」

 そう言うと五代目酋長は微かな笑みを浮かべた。

「あの魔術師の執念深さは尋常ではない。もう闇が世界を支配しつつあるであろう。だが少しの間、また光が戻ってくる。その光は、先ほどの者たちが呪縛から解き放たれる度に天より降り注いでくる。その時を見逃すな……」

 折座が姿を消した時と同様、五代目酋長の姿は、長老と共に徐々にかき消されていった。


 俺は軽く息を吐いた後、五代目酋長が立っていた床を見つめながら、ゆっくりと目を閉じた。

 これまでの色々なことが目まぐるしく頭の中を駆け巡っていく。

 そして同時に、ありがとう……ありがとう……ありがとう……! と何度も大勢の声がこだましていた。




 これは……? 金木犀の香り……?

 ハッと目を開けると、見慣れた道を歩いていた。

 ブーン……と羽音がする。

 目をやると、隣でドラゴンが並んで飛んでいた。

 見上げるとなっくんが肩にヤーモンを乗せて歩いている。

「嵐蔵、大丈夫かい?」

 見上げる俺に、なっくんは微笑んで言った。俺は尻尾を振って答えて見せた。


 辺りは薄暗い。

 外灯は灯っていない。

 何か妙な感じだ。

 日暮れ間近。普段ならば人通りもまばらになるはずの、家々が立ち並ぶ道の其処彼処そこかしこで、近所の人々が表に出て何やらざわついている。


「あら、なっくんじゃないの! 早く帰んなさい。お父さんとお母さんが探してたわよ!」

 世話好きのおばさんが、声高に少し離れた所から叫んだ。

 なっくんは手を上げてから軽くお辞儀をすると、歩幅を大きくしてその場を離れた。

「何かあったのかな」

 俺にもまだ分からない。今が一体どんな状況になっているのか。

 そう思いながら、何気なく空を見上げた。


 キラリ……!


 一瞬、光るものが空から落下したように見えた。

 俺はパチパチと瞬きを何度も繰り返し、もう一度空を凝視した。

 だがもう何も見えなかった。


「なっくん!」

 いつもは天真爛漫な母が珍しく悲壮感を漂わし、引っ掛けたサンダルも脱げんばかりの勢いで走ってきた。

「痛いよ、お母さん」

 怪力の母に力一杯抱きしめられているのだから、たまったものではないだろう。

「だってあなた、朝散歩に出るって言ったきり帰って来ないんだもの。ご飯も食べないで。こんな時間よ? 一体どこへ行っていたの。大変な騒ぎだったのよ。それなのにあなたときたらまったく……」

 小言がおさまらない母の肩を父が優しくぽんぽん、と叩いた。

「お母さん、少し落ち着いて。無事だったんだからいいじゃないか。それになっくんだってもう6年生だし、嵐蔵も一緒だったんだから。さあ帰ろう。なっくんもお腹減ってるだろう?」

「ほんとにお父さんは甘いんだから! 先に帰ってますよ!」

 そう言うと母は器用なサンダルさばきで、足早に家へと向かった。


……ブ〜ン……とドラゴンが耳元に近づいてくる。

「なあなあ、嵐蔵。お前んとこの母ちゃん、靴下履いたままサンダル履きって変わってるよな。それによー。母ちゃんの靴下ひまわり柄だったぜ。お前、ちゃんとなっくんに言ってくれたんだろーな?」

 あの椅子の脚カバーの事を言っていると見た。

「シッ! 分かってる! 今言う事じゃないだろ!」


「ん? 今、何か声がしなかったか? なっくん」

「え? そう? ああ、ご近所さんたちじゃない? そういえば何かあったの? みんな外に出てるし、お母さんも大変だったって言ってたし……」

「そうなんだよ。今は少し明るさが出てきたけど、さっき大停電になってね。それも変なんだ。まだ夕方だって言うのに夜みたいに真っ暗闇になって、信号機まで急に止まって。あちこちで交通事故が多発していたもんだからお母さんが心配してね。嵐蔵が一緒だからなっくんは大丈夫だってなだめてたんだけど、さすがに救急車や消防車のサイレンが聞こえる度に不安が込み上げてきたよ。なっくん、大丈夫だったか?」

「え? う、うん、平気だったよ。嵐蔵が一緒だったんだもん」

 父は目を細め嬉しそうに微笑むと、しゃがみ込んで俺の顔やら頭やらを揉みくちゃに撫で回した。

「でかしたぞ、嵐蔵。さすが神の犬だ」

 俺もなっくんもドキッとした。

「……お父さん、神の犬って?」

「ははは、だって思わないか? こんなに賢い犬はいるかい? 言葉が全部分かっているんじゃないかと思うほどに利口だろう? 出会った時の事だってとても神秘的じゃないか。いつもお父さんは思っていたよ。嵐蔵はきっと神の犬だって」

 父がこんな事を言うなんて、未だかつてない事だ。

「うん、僕もそう思うよ」

 なっくんはそれ以上聞かずに父の手を取った。


……キラリ……!


 頭上でまた何かが光った。

 さっき五代目酋長が言っていた呪縛からの解放が始まったという事なのか……。







 



 



 



 

 

 





 

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