第29話 水鏡




「あの魔術師の欲は並大抵のものでは無かったのじゃ。初代酋長にも、最後に放った魔術師の言葉は届いておった。呪いをかけられたのはわしの血族ではあったが、いずれ自分の子孫にもいわくが及ぶ事を初代酋長は瞬時に見抜いたのじゃ」

 ジャラリ……と数珠を鳴らし、そのまま老婆は、俺たちの間を遮る様に大きく着物の袖を振った。

 伽羅の香りが心地よく舞う。一瞬目を閉じた。


 いつの間にか老婆の両手には、上等な絹織物の布がかけられている何かが抱えられていた。

「これこそが我が血族の家宝、水鏡じゃ。先祖がこの地に導かれた時、地中から出てきたもの。そして、折座の父……五代目酋長に献上したあの品じゃ。それが何故ここにあるのかと? もちろん『魔』の手から守る為じゃ。これまでの事を思えば、たったこれしきの不思議など取るに足らぬ事。優れた能力を持つ呪術師が扱うという事は、時間や空間などを超越するという事なのじゃ。いずれあの祈祷所の中に『魔』が侵入してくる事を初代酋長から歴代酋長へと伝えられ、我が時代にその時が来る事を五代目酋長は分かっておったのじゃ」

 ゆっくりと老婆は布を外した。水鏡の水面がキラキラと揺れている。薄暗い部屋の中、光など当たっていない筈。しかしその煌めきは晴々しく、森の中の木漏れ日射す湖を彷彿とさせた。

「キレイ……」

 なっくんがたまらず呟いた。

「わしらの血族はこの家宝をこの時まで守り通す事が役目なのじゃ。類稀な優れた能力を持つ者に託す事が……」

 老婆は俺の目を凝視したまま近づいてきた。

「折座は初代酋長に生き写しじゃ。嵐蔵よ。この水鏡の扱いは折座に任せれば良い。急がなければ『魔』に先を越されるぞ」

 差し出された水鏡を手に取り覗き込むと、何かが水面に映し出されてきた。秘宝植物だ。まるで嵐の中、暴風に晒されている様に激しく暴れている。

「あれは……!」

 秘宝植物のまわりを黒い影がまとわりついている。激しく暴れているのは、秘宝植物みずからが黒い影を払い除けているからだった。


「お前たちの集落は、極めて有能な者の集まり。中でも折座の血族は桁違いなのじゃ。この様に時空を駆け巡る事の出来る能力は、苦しみに打ち勝つ力を携えている証でもある。初代酋長と五代目酋長、そして折座は、お前たちの時代までをも使事で力を集めておるのじゃ。『魔』を翻弄し、消えかけている呪力を新たな力に加え、秘宝植物と地を守る為に」


 老婆はキセルからの煙を気の遠くなるほどに吸い込むと、俺となっくんに思い切り吹きかけた。片方の手をなっくんの額に、もう片方の手を俺の額に、老婆の手がかざされた。穏やかな温もりが伝わってくる。


「大丈夫じゃよ。お前たちなら出来る」


 そう言って老婆は姿を消した。




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