第30話 魔の影
やはり以前ニュースに出ていた、この町の通り魔事件と畑荒らしは『魔』の仕業だったのだ。
どうやら『魔』は、秘宝植物の弱りに焦りを隠せない状態なのだろう。そこに五代目酋長の呪術が大きく関係しているという事は分かっている様だ。何百何も封じ込められた挙句、肝心の秘宝植物が弱っているなどという事は、欲深い魔術師にとって納得のいく話ではないだろう。だから、秘宝植物を奪えば済むだけの話ではなくなっている事を悟り、この秘宝植物の命を守る事が先決だという事に『魔』自身が気付くより他ないのだ。
これも、五代目酋長の鮮やかな術によるもの。見事だ。
時間は押し迫っている。
先ずはどこから手を付ければいいのか?
主様……! どうかお導きを……!
……くん、……嵐蔵くん……、なっくん……、大丈夫ですか!
「嵐蔵くん!」
この声は宮司?
「あれ……? ここどこ?」
なっくんだ。そしてここは宝物殿の中だ。
俺は……。見下ろすと両手にはさっき老婆がくれた水鏡が持たされていた。もちろん、姿は折座のままだ。
「嵐蔵くん、それは?」
総代もいる。
「老婆から渡された水鏡です」
「なんと美しい……」
皆で水鏡に見入った。
「あっ!」
突然宮司が水鏡から飛び退いた。両手で目を覆っている。
「宮司、どうされたのですか?!」
総代が声を裏返しながら不安げに問うた。
「……い、急がなければ……」
総代の声はそっちのけで宮司は立ち上がると、凄まじい速さの摺り足で社務所へと消えた。そして即、瞬間移動でもしたかの様な速さで戻ってきた。手には何やら大事そうに抱えられている。
「これを……!」
秘宝植物で織り上げた布の包みを手早く解くと、中から鈴が出てきた。それは鉛の鈴、即ち、神宝の鈴のレプリカだった。
この短期間で、一箇所だったはずのサビは数カ所へ広がり、白く粉をふいているせいか、全く違う代物に見えた。
「早くしないとこの鈴に込められた呪力が消失してしまいます。呪力が消失するという事は、二度と本物の銅の鈴を元の場所に戻せない、という事です!」
宮司も『始めの民』の末裔の一人。水鏡の中に何かを見たのだろう。俺はそんな宮司に同調する様に伝えた。
「老婆曰く、この水鏡の扱いは折座に任せよと」
「それじゃ、さっきの様にしてみましょう! 折座さんにもう一度会う為に!」
総代の声は、頭のてっぺんから出されているかの如く、さっきから裏返ったままだ。
その言葉に皆賛同し、記憶を巻き戻していく。
宝物殿に入った後、声が聞こえた。……そうだ。
『ビ・ヨ・ウ・ブ・ノ・マ・エ・ヨ・リ・ニ・シ・ヘ・ハ・ツ・ポ・サ・キ』
……と言った声が聞こえたのだった。
そして屏風絵を見つけた筈だ。
「あそこだ!」
大きな布がかけられている屏風らしき物をなっくんが指差す。
皆で駆け寄り一斉に布を剥がした。
「えっ……?!」
そこに現れたのは、雅に美しく描かれていた屏風絵ではなく、真っ白で巨大な屏風だった。
中に描かれていた絵が消し去られていたのだ。
見渡す限り、あの扉の存在も無い。
「どういう事だろう……」
皆の頭の中まで真っ白にされた。
「未来へと希望を繋げなければ、過去までをも失う……という事では?」
俺の言葉に、まるで折座が乗った様な気分だった。
「ど、どどど、どうすればいいのでしょうか……!」
総代は焦りと不安で取り乱している。
俺は持っている水鏡をじっと覗き込んだ。
水面がゆらゆらと揺らめきだす。
影が視界をかすめる。
何かが聞こえる。
目を閉じ、耳をこらす。
……主様だ!
……まやかしに 酔いしれ踊る 阿呆どり
虚栄の中で ただ廻るだけ……
「……ううううう……」
呻き声が水鏡の中から聞こえる。
「……よこせ……」
目を開け咄嗟に水鏡を覗くと、鈍く光る目が水の底からこちらを見ていた。
ゆらゆらとうごめきながら徐々に顔が浮かび上がってくる。
眉をひそめたままの、斜に構えた目つきは細長く釣り上がっている。尖った鼻と顎。口元に歪んだ笑みを含ませていながら苦しげだ。こんな表情の人間を、俺は未だかつて見たことが無い。まるで炙り出された悪霊だ。
もうここまできたら誰でも分かるだろう。この顔は『魔』だ。即ち魔術師だ。
「なっくん、今だ!」
咄嗟に俺となっくんは向かい合い、いつもの様に鈴を鳴らした。
……チリン……チリン……チリン……
風が起こり、ガチャガチャ、バタバタと、宝物殿の中の宝が音を立て始める。
「欲しい……欲しい……くれ……くれ……全部俺のものだ……うううう……うあああああ……!」
魔術師の苦しむ声が遠くこだましていった。
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