第26話 老婆



「すすり泣く女……。その者の素性は嵐蔵くんが見てきたと言っています。『後の民』であることに間違いはないでしょう」


 宮司の言葉に折座は頷いた。

「僕たちがする時に現れるのも、『魔』が操っているからなのですか?」

「そうです。すすり泣く女の中に宿っている『魔』は、呪力の消失に合わせる様にして力を増してきています。怒りに支配され登りつめていく力ほど、手をつけられないものはありません。今は絶対に銅の鈴を渡してはなりません」

「どうすればいいのでしょうか」

「大丈夫です。まずは嵐蔵があのすすり泣く女の村のおさである老婆にもう一度会うのです。そうすればどうすべきかがはっきりと見えてきます……」

 折座はきっぱりと言い切ったが、それと同時に声が薄れていっている。風に髪をなびかせ微笑みを浮かべたまま、その姿が消しゴムで消される様に消えていく。

「折座さん……!! 待って!!」

 皆で叫んだ。

「……大丈夫です。また後で会いましょう。いつものようにしてください。心配はいらない……」


 秘宝植物がつむじ風と踊る様に、ざわり……と大きなうねりを見せた。

 そよ風の様に優しく、しかしダイナミックな風が皆に押し寄せた。

 まるで折座そのものだった。


 そして、そこにはもう彼の姿は無かった。



「急がなきゃ……!」

 なっくんがいつもより大きな声で言った。

 俺はなっくんの前に飛んで行き、向かい合う様な格好で座った。

「それじゃ、鳴らします」

 なっくんは皆に向かって鈴を高く掲げた。

 宮司も総代も黙って頷き、ゴクリ……と唾をのんだ。



……チリン、チリン、チリン……





「やはり来たか」


 背後からの声に驚き、飛び上がりそうになる。見渡すとそこは、以前訪れた『後の民』の集落、あの老婆の家の中だった。

「どうやら間に合いそうじゃの」

 この凄みを感じさせる声。あの老婆の声だ。声のする方へ振り向くと、老婆は火鉢の前に座っていた。相変わらず片方の手にはキセル、もう片方の手には数珠が握られている。

「この人が『後の民』の村長であるお婆様?」

 今度はなっくんも一緒だ。そして俺は……。

「嵐蔵は今は折座さんの姿だよ」

「本当だ」

 もう流れに身を任せるしかないと、体の力を抜いた。



「水鏡を探しておるのじゃろう?」

 コン、とキセルを火鉢の淵で叩いてから、唐突に老婆は言った。

「水鏡がどんな役割を担っているかが分かったか?」

 焦っているわけではなさそうだが、矢継ぎ早な質問に深刻さを感じる。

「その手に銅の鈴があるという事は……、もう分かるな?」

 なっくんは少し考えてから答えた。

「……水鏡とは、300年前と今とを結ぶ架け橋の様なもの……ですか?」

「そうじゃ。五代目酋長は、お前たちに未来を託したんじゃよ」

「でもお婆様。何故そんな事を知っているんですか?」

 老婆はキセルから口を離すと、静かに煙を吐いた。

「あの水鏡は、わしが五代目酋長に献上した品だからじゃ」

 意外な答えだった。俺たちはただ黙って次の言葉を待つ。

「あれを使いこなせるのは、類稀なる能力を秘めた者のみ。即ち、五代目酋長だった。わしも霊能者のはしくれ。『魔』の事は分かっておった。あの忌まわしい出来事が起こる前に五代目酋長に会い、祈祷所の中に水鏡を置いたのじゃ。早い話、手を回しておいた、と言う事じゃな」

 確かにこの老婆、最初に会った時からただ者ではないと思っていた。


「わしはあの子が……我が孫娘が、抗えぬ宿命を背負って生まれてきた事を出生の時から分かっておったのじゃ」

 老婆はまるで独り言のように語り始めた。

 すすり泣く女の事だ。



「あの子が生まれたのは、夜空の星が降り注いできそうな、少し肌寒い春の日の満月の夜じゃった」



 お婆は残りの煙を吐きながら、追憶に耽るように目を閉じた。




 












 

 


 



 





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