第24話 秘宝植物の畑から
天高くそびえる秘宝植物は葉を揺らし、ざわめきながら俺たちの侵入を迎えていた。
茶色くしなび始めていたはずの葉先は、これまでの事などまるで無かったかのように美しく、緑鮮やかな瑞々しさをすっかり取り戻していた。頬を撫でるしなやかな茎は優しく良質である事がすぐに分かる。
緑の空間に充満する豊富な酸素は、得もいわれぬ香りを纏いながら俺たちを包み込んだ。酔いしれてしまいそうだ。
俺たちは時に身を委ね、息を吸い込む度に身体中が洗われる様な爽快感を享受していた。
「お前たち、誰だ」
振り向くと金色に輝くオニヤンマがこちらに向かって静止飛行していた。
「ドラゴン? お前いつの間に?」
「お主、誰だ?」
ドラゴンは俺の問いかけに頭をかしげ質問を返してくる。
てっきりドラゴンだと思ったが何か違う。ドラゴンはこんな事は絶対に言わない。
「
秘宝植物のカーテンの向こうから人の声が聞こえてきた。
俺は急いで自分の手足を確認する。犬だ。嵐蔵の姿に戻っている。
「折座、ここだ!」
ドラゴン似の、飛龍という名のオニヤンマが叫ぶ。
遠くから、徐々にガサガサと音が近づくと植物をかき分ける様にして顔がにゅっと出てきた。するりと慣れた動きで目の前に現れたのは、折座だった。
風になびく銀色の髪は通った鼻すじを柔らかく撫でている。薄茶色の目はどこか憂いを帯び、横一文字に硬く結んだ唇は意志の固さを、長い手足は繊細な雰囲気を醸し出していた。
「あなたたちは……」
万事休すだった。
皆、どこから説明すればいいのか考えを巡らせている事だろう。
「折座。この者たち、どうしてくれようぞ」
飛龍という名のオニヤンマは頭の堅そうな喋り口調で言った。
折座は黙ってじっとこちらを見据えている。
すらりとした姿からは想像もできないほどの強い波動が彼の存在感を際立たせていた。それはそよ風の様に心地よく、触れられたなら一瞬にして体を吹き抜けていくであろう清々しさだった。
宮司も総代も、もはやこの世界では常識など通用しないと言うことを悟ったのか、たじろぐ様子もなくただ黙って立ち尽くしていた。
飛龍は折座の肩に止まり、黙って複眼をしきりに動かしている。
「お話をさせて頂けますか」
しばらくして折座が口を開いた。
「それに、その格好では寒いでしょう」
あまりにも色々な事がありすぎて、寒さにしろ雪のちらつきにしろ、折座の言葉がなければまだ暫くは気づけずにいただろう、ここの季節が冬である事に……。
俺たちは皆の顔をそれぞれ見合わせた。
「さあ、こちらへ」
そう言ったきり、折座は何も聞かなかった。
畑を抜けると広大な敷地が広がっていた。中にひときわ目立つ大木がある。……この木、どこか見覚えがある。そうだ。神社の境内にあるあの御神木だ。神社のものと比べると多少小さいが、この匂い、間違いない。……という事は、この場所は神社ができる前の場所という事なのか。
建物が見えてきた。
あれは……!
あの引き戸の感じ。もしかして、あの酋長が籠もっていた祈祷所か? 俺たちは折座の後ろをついて行き、となりの家屋へと通された。
「さあ、どうぞ。温まりますよ」
そういうと折座は、秘宝植物で作ったお茶、『秘宝茶』を振る舞ってくれた。
このお茶は今でも町に受け継がれている産物の一つだ。丁寧に俺の分も皿に用意してくれた。
「ああ、美味い」
総代は早速口にしたらしく、ため息と共に喉を鳴らした。
「この秘宝茶の元祖をいただけるとは何とありがたい……。ご
宮司も手を合わせ、お茶に口をつけた。
何を話すでもなく、皆、笑顔になった。
この秘宝茶を飲んだ者は、どんなに虫の居所が悪くてもすぐにご機嫌になるという不思議なお茶だ。だから輪が保てる。
そういった事から大事に受け継がれ、現代でも珍重されている。
味はこの道の匠が代々極めているはずだが、こうしてパイオニアの時代のものを口にすると、よけいに美味しく感じてしまうから不思議だ。
「さて……」
茶碗を台に置くと、折座は口火を切った。
いつのまにか皆の肩にはしっかりとした羽織りが着せられていた。これも秘宝植物で作った織物である事は察しがついた。秘宝植物の畑で嗅いだ、酔いしれてしまいそうなあの独特の香りがしたからだ。
現代でも産業の一つにこの織物はあるが、香りは失われている。不作への兆しとしてこの様な現象が起きていたのだ。恐ろしいことに、この事に誰も気づいていなかった。
折座が暖炉の火の中に薪を一本くべると、炎が返事をするかの様にパチパチと暖かい音を発した。
「あなたたちがここへやって来たのは、この地と、そして我が父の救済の為です」
折座はきっぱりと言い放った。
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