第20話 扉



 扉の中の通路を光の元へと向かい進んでいく。

 それぞれが色々な思いを胸に抱いているのだろう。無言のまま響き渡るのは足音だけだった。


 どれくらい進んだのか。通路は無機質で、ひたすら同じ景色だけが続く。

 ようやく辿り着いたと思われる突き当たりには、二つの扉が並んでいた。隙間からは光が漏れている。

 皆、黙って立ちすくんだ。

「どうしたものでしょう……」

 総代の問いかけに宮司がすかさず答える。

「両方を確認する必要があるでしょう」

 近づいてみると、片方の扉には頑丈そうな錠前ががっしりと掛けられていた。

「鍵が掛かっていますね……。という事はこちらの扉ではなく、鍵の掛かっていないこちらの扉へ入る様に、との事なのでしょうか」

 総代が鍵のかかっていない方の扉を指しながら呟いた。

「恐らく」

 覚悟を決めた様に宮司は言うと、恐る恐る扉を押した。分厚い木で作られた扉はびくともしない。即座になっくんと総代が加勢した。

 長らく開いていなかった事を証明するかの様に、ガリガリと勿体ぶった音を立てながら扉は開いた。もちろん辿ってきた光の元がスポットライトの様に降り注いできた事は言うまでもない。


 眩しい光の中、遠く前方へ目を凝らすと、賑やかな祭りの風景が見えてきた。黄金色の稲穂、赤とんぼ、縁日、子供たちの笑顔……。心和ませる風景に張りつめていた緊張が溶けていく。

 だが、何か変だ。そうだ。のだ。生活音や笑い声や風の音などが一切聞こえないのだ。まだそれに気付いていないのか、総代が嬉しそうに一歩を踏み出した。

「いやあ、今年の祭りは延期と言っておられましたが宮司も人が悪い。この様な演出をされて。私を担いだんですね? これは参った参った」

 不安が頂点に達している為か、心身を守るかのような楽観的思考は、見習うべき彼の得意技だろう。

 総代の高笑いが辺りに響き渡った時、今まで動いていた景色がピタリと止まり、同時に、まるでカラー写真の色が褪せていく様に、セピア色からモノクロへと景色の色が剥がれていく。

「えっ!? えっ!? えええっ!?」

 その様を目の当たりにした総代は、言葉にならない叫びにも似た声を連発していた。

 宮司は低い小声で何やら祝詞のりとの様なものを唱えている。

 は、待ったなしでどんどんやってくる。


 止まっている景色の中、一箇所だけ鮮やかな色の動きが見える。あれは……! この町の重要な宝、『秘宝植物』の畑だ。ざわざわと風になびき、天高く茂ったその美しく広大な緑はまさに神秘そのものだった。

「美しい……!」

 皆、息を呑み、その迫力に圧倒された。

「……そうでした。かつての秘宝植物は繊細ながらもダイナミックで、一本一本に個性を感じるほど力強かった」

 宮司は忘れていた記憶を呼び起こす様に、秘宝植物を見つめた。

 

「あっ!」

 突然の総代の悲鳴じみた声は、秘宝植物の葉先が徐々に茶色くしなび始めた様子をいち早く知らせた。容赦なく光の様な速さで、美しかった植物がみるみる枯れて行く。

「どうにかしないと!!」

 総代がパニック気味に声を荒げた。

「総代、落ち着いて下さい。さあ、深呼吸を。いいですか、ここは現実世界ではありません。気を確かに持って」

 宮司が総代の背中をさすり、なっくんと俺の方へ振り向いた。

「さあ、なっくん、嵐蔵くん……、えっ!?」

 宮司までもが総代の様な微妙な叫び声をあげた。

「あ、あなたは……!」

 宮司は見開いた目を俺に向け、恐れおののく表情を隠す事もできず、一歩二歩と後退りする。

 

 そのまま宮司は瞬きを忘れた様に、ただひたすら俺を見つめていた……。








 










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