第19話 宝物殿
「お待たせを」
そう言うと宮司は宝物殿の鍵を鍵穴に差し込んだ。
キイイイ……
きちんと手入れをされている扉は軽やかな音を立ててするりと開いた。
壁の下側で均等に設けられた間接照明が足元を柔らかく照らす。
空調が湿度と温度を適切な状態に保っている為、室内は快適この上なかった。
薄暗い室内を見渡す。
ガラスケースには巻物や書物、その他重要な品が陳列されている。
「相変わらず手入れが行き届いていますね。きれいに保管されておられる」
総代が感心した様に言う。
「最近は色々と便利なものが手助けしてくれますから本当にありがたい限りです。その昔は大変だったと思いますよ。ここまで後世に宝を遺して下さった先達の智慧には頭が下がる思いです」
宮司は謙遜しながら感謝の意を述べた。
……ビ・ヨ・ウ・ブ・ノ・マ・エ・カ・ラ・ニ・シ・ヘ・ハ・ツ・ポ・サ・キ……
突然、室内に染み渡る、音の様な、声の様な、幾重にも重なった、なんとも言えない不思議な異音がこの空間を異世界に変貌させた。
皆、一斉に肩を強張らせ動きを止めた。
「聞こえましたか?!」
総代が声を押し殺しながら叫んだ。もちろん皆聞こえている。
「シッ!」
宮司が人差し指を口元に当て、聞き耳を立てた。
……ビ・ヨ・ウ・ブ・ノ・マ・エ・カ・ラ・ニ・シ・ヘ・ハ・ツ・ポ・サ・キ……
宮司は
少しの間、宮司はメモをとった文字をじっと見つめ、それから目を見開くと顔を上げ言った。
「屏風の前から西へ八歩先、と言っていたんですね」
「なるほど! ここに屏風はありますか?」
宮司は部屋の中央に立てている、絹の布が掛けられた何やら分からぬ大きな物を指差し言った。
「この屏風の事なのでしょうか」
布を手に取り、するり、と布を滑らせる。現れてきたのは巨大な屏風絵だった。
2メートルはあろうか。彩り鮮やか、金銀をあしらったそれは見事な代物だった。
中にはこの地の歴史とも言える、平和で豊かな人々の生活の様子が鮮明に描かれていた。祭りの準備をする者、子供を背負い食事を運ぶ者、ひと仕事を終えて木陰で休む者……。中でも花を愛でる人々の側を流れる小川の情景はとりわけ見事で、せせらぎがこちらまで届いて来そうな躍動感だった。
「素晴らしい……」
総代は呟きながら感嘆のため息を漏らした。
「本当にいい時代だったのですね」
眩しい目をして宮司は屏風に一礼し、俺となっくんに向かい言った。
「西の方向へ八歩……。やはり君たちが歩幅を取った方が良いでしょう。ささ、こっちへ。……ええと、君たち、どう呼んだらいいですか?」
宮司が今さらながら訊ねてきた。
「僕の事はなっくんと呼んでください。この子は嵐蔵です」
なっくんは笑顔で答えた。
「それではなっくん、嵐蔵くん、お願いします」。
宮司が促す。
「こちらが西ですね」
総代が手で方向を示す。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち……」
なっくんと俺は歩数を数えながら進む。
……チリン……
八歩目を数え終えた時、なっくんのポケットに入っていた鈴が鳴った。
「今、鈴が鳴りましたね」
総代が口元に手を添え、宮司に耳打ちした。しかし八歩先にあったのは行き止まりの壁だった。どう言う事だ? 俺となっくんは戸惑い立ち尽くしていた。すると宮司がいつもの摺り足で素早く近づいてきた。
「いつの間にこんな布が……?」
突き当たった壁に大きな布が吊るされていた。宮司がゆっくりと布をめくってみる。壁があるはずのそこには、室内には似つかわしくない古びた木の扉が隠されていた。
「ここには他に部屋などはないはず……! 私は長年この神社で過ごしていますから隅々まで知っています。どうやらさっきの声で、ここはもういつもとは違う空間になっているのかもしれませんね」
普通の大人ならこんな超常現象など信じ難いと、すんなり受け入れる事は困難と思われるところだが……。常日頃から職業柄、色々な体験をしていると見られる宮司にとっては容易い事なのだろうか。
「開けてみましょう」
総代が目を輝かせて宮司の後ろから声をかける。
なっくんが扉の取手に手を掛けた。力を込めて強く引く。
……ギギギギ……
まるで生きている木が声を絞り出しているかの様な錯覚に陥る。俺たちは開いた扉の中を覗き込んだ。薄暗い通路が奥の方まで続いている。その遠く先から細い光が見えた。俺たちは誰が先陣を切るわけでもなく、ただ黙って中の通路を奥へと向かって行った。
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