第7話 裏話



 呪術の限りを尽くさなければならないほどの出来事だったという。


 あの祈祷所の中で一体どの様な事が行われたのだろうか。



 五代目酋長という立場の一人の人間が、全ての責任を負い決断した、この騒動の回避法。それが吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知るとしか言いようがなかった。

 繁栄をもたらすと噂される秘宝植物を奪えば世の繁栄は我が手中に……などという浅はかな考えに惑わされてしまった『後の民』。もしも手をこまねいてされるがままに指をくわえて見ているだけだったとしたら……。



「考えるだけでも恐ろしい……」

 つぶやきながら宮司は首をゆっくりと横に振った。



 五代目酋長は全て分かっていた。だからこそ、この窮地をどう切り抜けるかが手腕の問われるところだった。

 一刻を争う事態が故に、即断即決で行動するより他に道は無かった。神通力を得て、呪術の限りを尽くし、何を以ってこの災いを封印したのか……。



 宮司は静かに続けた。

「最近、この様な記述が見つかったのです。『和平村に激震訪れし時、数多あまた神宝の一つに細工せしむる』と。そしてその細工……即ち呪術の力は300年で消失すると締めくくられていたのです。実は今年がその300年の年に当たるのです。もうすでに呪術の力が弱まり初めているのをこの不作が示唆しているかの様で……」

「その神宝の一つとは?」

「それが……。はっきりとは書いておらず、と言いますか、まるですぐには分からない様に記されているといった感じで、断言できかねている状態です」

 ゆらゆらと揺れていたろうそくの炎がまっすぐ一直線に燃え上がった。

「ただ、ですね……。私自身読み解くところ、その一つの神宝を納めるべき場所に納める事が解決の鍵だという事です。ところが何一つとして欠けていないのです。要するに何も紛失していないのです。そう。神宝は全て揃っているのです。ですから探しようも無く、また納めるべきところに納めよと言われてもどれに焦点を当てたら良いのか……」

 総代は腕組みをして考えこんだ後、低く唸ってから口を開いた。

「……五代目酋長は呪力で民の命を救い和平を保った。災いを囲い込むという形で秘宝植物を現代まで守ってきた。しかしその呪力は五代目酋長に多大なリスクを背負わせた上、もうすぐ力尽きようとしている。細工をした神宝が鍵を握っているがそれがどの神宝なのか皆目見当がつかない。早く何とか手を打たなければ来年の収穫期を迎える事は見込めない……そういう事ですね?」

「いかにも」

 宮司はゆっくりと椅子に腰掛けた。

「ところで宮司。他に何か手がかりになる様な文献は残っていないのですか?

「……それが……。まだ決め手となる様な文献は発見されておりません」

 宮司は気落ちした様に呟いた。

「そうですか……」

 二人は頭打ちを食らった様に黙り込んだ。

 辺りはすっかり暗くなり、ゆらゆらと踊り始めたろうそくの炎が二人の顔を妖しく照らし出す。部屋の中は水を打ったように静まり返っていた。

 しばらくして宮司が小さく咳払いをし、口火を切った。


「……これはまだ誰にも口外していない事なのですが……」

「何です?」

「いえっ、待ってください。これは手がかりになるのかどうかさえ分かりません。ただ何となく気になって……。やはり私の思い込みかも」

 宮司は額をハンカチで拭った。勿体つけている訳ではないのだろうが、あまりにも不可思議な事柄だけに気弱になってしまい、なかなか打ち明ける事ができないでいるに過ぎないのだろう。

「宮司。今は間違いも正解も正すところではありません。責任の大きさに重圧を感じているのは私も同じです。お一人で抱え込まずにおっしゃって下さい」

 心強い総代の言葉に勇気付けられた宮司は一冊の古い文献を取り出してきた。

 それはまだこの地に危機が訪れる前の、いわば日記の様なものだった。

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