第8話 探究



「この部分なんですが……」

 宮司はその中の一部分を指差して読み上げた。




『茜空 共鳴伝う稲穂影いなほかげ 碧緑色へきりょくいろの調べなり』




「これは歌ですね。そういえば以前、先の五代目酋長は歌をこよなく愛す、というような記述を見た事がありますが……?」

 総代は食い入る様に宮司を見つめた。

「これは、ある年の恒例の祭りの儀式の際に詠まれた歌です。……つまり、神宝が深く関わっている歌という事になります。よろしいですか? ここに様々な神宝がありますが、どれがこの歌にそぐうものなのか推測できますか?」

 そう言うと宮司は、作業台の上に神宝を収めた重々しい桐箱をそっと並べて行った。ゆっくりと組紐を解いて行くとそこには、香炉や鏡、劔など、滅多に拝む事のできない宝が厳かに鎮座していた。

「そうですね……。この歌の中に『共鳴』や『調べ』と言った、音を思わせるような言葉が使われているところを見ると、こちらの鈴のことを言っているのでは?」

総代は箱の中にある神宝の一つ、鈴を指差して言った。すかさず宮司は言う。

「私もそう思うんです。そしてこちらをご覧ください」

少し顔を傾け角度を変えて見ると、鈴の一部が白く粉を吹いた様になっていた。

「今年に入ってからなんです。これまでただの一度もこのような現象は起こらなかったのです。それを併せて考えてもこの鈴に何か秘密があるのではと」

 宮司は総代の心を窺うように伏せ目がちの目をちらりと上げた。

「宮司。この鈴の材質は何なのでしょうか?」

「恐らく鉛かと」

「では、この白く粉吹いたようなものは錆びがもたらすものですね?」



 俺となっくんは聞き耳を立てながら、また互いの顔を見合わせた。



「この300年もの間、一度も錆びが発生しなかった事そのものが五代目酋長の呪力の強さを物語っていますね。ですが宮司、よくこの歌に気付きましたね。ぱっと見ですと単に歌を詠んでいるだけだと見落とされそうにも思えますが」

「おっしゃる通りです。事実、ありとあらゆる文献を何度も読み漁る羽目になりました。もちろんその中には五代目酋長の歌も数多く記載されていました。そうして行くうちに、ふと気がついたのです。この歌には何か隠されていると」

 宮司はそう言って手元の引き出しを開けると、普段あまり目にすることもない太く長い香を一本取り出し、ろうそくの火にかざした。香から火をはらうと同時に一筋の煙がすっと立ち昇っていく。とても心地の良い白檀を思わせるような香りが辺りを包んでいった。


「ご存知の通り、酋長は類稀なる能力の持ち主でした。だからこそ考えられるのですが、当時の平和な日々の後に訪れる危機を察していたとしたら……? 呪力が尽きる300年後の事まで考えていたとしたら……? もしかしたらこの歌は、まさに今この時の為に詠まれていたのでは……? などと勝手ながら推測した次第です。見落とされてしまいそうなさりげない手法で遠い未来の子孫へとメッセージを残したのは何故なのか。そして何よりもこの歌の中にある『碧緑色の』とは何を意味しているのか……」



 話を黙って聞いていたなっくんが、こっそり俺に耳打ちしてきた。

「ねえ、嵐蔵、覚えてる? 僕が最近よく見ている夢の話。神事で使うが紛失した、って言ってるんだよ。でも今の話によると、現実にあるのは銅の鈴じゃなくてらしいね。そして神宝の鈴にが発生した、って言ってたけど、それは酸化したって事だよね。ねえ、嵐蔵。銅が酸化したとしたら……」


 その時だった。


「おい、嵐蔵! お前さっき靴下履いてただろ。可愛い可愛いひまわり柄、似合ってたぜー」

 ブーンというけたたましい羽音を轟かせながらおちょくってきたのは奴、ドラゴンだった。急に現れたから驚いて、なっくんは持っていた例の鈴を落としてしまった。



 ……チリンチリンチリン……



「誰です!」

 宮司と総代が窓際へ駆け寄ってくる。

 総代の手が窓に伸びようとしているのが気配で感じられる。

 思わず俺となっくんは、反射的に思い切り目をつぶった。


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