第14話 変容



 色々な事が様変わりし始めている。俺もなっくんもやけに疲れていた。



 とぼとぼと散歩道を歩きながらふと気付くと、いつの間にかあの神社にさしかかっていた。俺たちは足の向くまま鳥居をくぐり境内へと入っていった。

 茜色に染まっていた空はやがて小焼けへと変わり、真っ赤な太陽は瞬きする間に地平線へと姿を消した。余韻を思わせる空はまだ赤い。それでもぽつり、ぽつりと街灯が灯り始めていた。

 なっくんと二人、ベンチに座りぼんやりと空を眺める。すると神社の入り口で立ち止まってこちらを見ている人影があった。

「なっくん? 嵐蔵?」

 会社帰りの父だった。

「何してるんだ。暗くなるぞ。早く帰ろう」

 父は手招きしながら心配そうに促した。俺は嬉しくて一目散に駆け寄り、尻尾を振りながら父にじゃれついた。



「いや、参ったよ今日は」

 俺の頭を撫で、並んで歩きながら父がつぶやいた。

「どうしたの?」

「こんな事初めてなんだけどね。お父さんの会社でクレーム処理をしていた社員が急におかしくなっちゃって。突然、もう嫌だって大声あげたと思ったら、机の上にある書類や物をめちゃくちゃにして暴れて、そのまま痙攣起こして倒れたんだよ。病院に運ばれたけどね。まあ仕事が仕事なだけに相当ストレスがたまってたんだろうね……。最近海外でも問題になってるきつめの鎮痛剤が散乱してたそうだよ」

 そう言うと父は深くため息をついた。

「気付いてやれなかった……いや、結果的にはそんなに気に留めなかったんだな。何だか責任感じるよ」

 親子というより友人同士といった会話に聞こえてくる。


「彼、以前仕事で大失敗した事があったんだ。それは大きなプロジェクトだったからクビになる寸前だった。でも何とかチャンスをもらい、起死回生をはかるように目を見張る様な頑張りを見せたんだ。同時にどんな雑用でも嫌な顔一つせず全てと言っていいほど請け負った。もちろん自分の仕事もあるからほとんど毎日残業の様なものだね。心配したこともあったんだけど大丈夫の一点張りだった。会社や他の社員、そして自分への罪滅ぼしだったんじゃないかな。ただ、今日こうなって初めて聞いたんだけど、心無い人の噂が横行してたらしくてね……。ほとんど直接関係のない輩が面白半分に彼に雑用を押し付けていたらしんだ。あいつは何を頼んでも絶対断らない、ってね。当然、そんな事に時間を取られたら自分の仕事に支障が出るよね。彼も冷静な判断ができなくなっていたんだろう」

 そう言いながら父は自分の頭を掻きむしった。

「ちょっと前に珍しく飯食いに行きませんか、って誘われた時があったんだよ。今日は久しぶりに早く帰れそうなんで、って。いいよ、って言ったんだけど、終業間際になって残業になったから行けなくなったと詫びを入れてきた。もうその頃には身なりにも手が回らなくなっていたのか、無精ヒゲが伸びていた。不憫でならないよ……」

「ねえ、その人もう会社辞める事になるの?」

「どうかな……。個人的にはもう一度元気に復活して欲しいと思うけどね。でも彼も考え時だろう。体がもたないよ。」

 そう話しているうちにもう家に着いていた。



「ただいま」

 玄関の戸を開け、父となっくんが口を揃える。

「あら、おかえりなさい、お父さん。今日は残業の割に早かったのね。あら……? なっくんと嵐くん、え? あなたたちいつの間に散歩に? 宿題してたんじゃなかったかしら?」

あんなに時間が経った様に感じていたのに、費やした時間は家を出てからたったの2時間程度のものだったらしい。

「あ……、ええっと、もう宿題終わったんだよ。だから散歩に行ってたの」

 慌ててなっくんが取り繕う。

「あらそう……。でもちゃんと出るときは声かけなきゃダメよ?」

「う、うん、気をつけるよ。ごめんね」

 なっくんは目一杯の笑顔で答えた。

「まあ、もういいじゃないか。それより今日大変だったんだよ……」

 父はさっきの話を母に聞かせようと母の肩を揉みながら、二人キッチンの方へと消えて行った。



 なっくんは今、何を考えているんだろう。ベッドに仰向けに寝そべったままぼんやりと天井を見つめている。

 俺はというと……。正直、心中穏やかではなかった。

 さっきの父の話が頭から離れない。何故なら、俺がいつも見る夢が具現化した様な錯覚に陥ったからだ。夢の中に現れる人物とさっきの社員の彼のが同じ様に思えてならない。まるで魂が見えない鎖に繋がれて、喘ぎ、もがき苦しんでいる様な……。

 それに加え、現実に起こり始めた異様な事件。もう頭がこんがらがりそうだ。最近は主様も全然現れない。

 俺はなっくんのお腹の上にアゴを置いて上目づかいに見た。

「嵐蔵、今日は疲れたね」

なっくんは俺の頭を撫でながら微笑んだ。そのまま俺の頭をクッションの上に動かし、よいしょ、と掛け声をかけて起き上がると、お風呂に入ると言って部屋を出た。



 あの夢を見そうだ。


 ぼんやり考えながら俺はそのままうとうとと眠りに落ちていった。


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