第15話 夢からのメッセージ




 いつもの夢。

 いつもの人物。

 いつもの長い沈黙。

 それからようやく口を開く。

 いつもの流れだ。



「誰でもこんな思いをした事は一度はあるだろう? 失敗した事の無い者などいるものか。罪の意識にさいなまれた経験のない者などいるものか」



 灰色の冷たい部屋。コツコツと靴音を響かせ、その人物は部屋の中央に置かれた椅子にゆっくりと腰掛ける。



「小罪であれ大罪であれ、前進の為の賭けの代償であれ、いずれ自己との闘いになる。たとえそれが止むを得ずとった行為だったとしても、後悔、自己否定、自尊心の崩壊などが絡み合う鎖と共に己を執拗に締め付けてくる」



 薄暗い部屋に差し込む僅かな光が、その人物の輪郭だけを浮かび上がらせている。



「己を欺き、己を下落させ、自虐という形で己に罰を課す。疑心暗鬼は自己を見つめるさげすみの目となり無言の圧力に己をさらしめ笑う。裁きを下すのは己自身。己と言う名の審判は片時も離れない。逃れる術なし。制裁は日常生活へ浸透し、背負う十字架は重くのしかかる。罪人つみびとと言うならそれは、終わりの見えないトンネルの中、出口を求めさまよい歩く愚者そのものを言うのでは?」


 その人物は誰にともなく問いかける。

「重ねて聞くが」


 辺りがざわついてくる。

「精神的苦痛からの解放を求めるあまり、肉体の叫びを無視し、ただがむしゃらに、もがく様に働いた事は? どんなに尽くしても認められる事は無く、気付けば人の仕事の下ごしらえと後始末に追われ、失敗に対する責任だけを背負う立場に自分自身を追い込んでいた事は? ただの自業自得で終わらせるつもりか?」



 どこからともなく湧いて来るように人が現れる。一人、また一人と加わり、瞬く間に灰色の部屋は人で埋め尽くされた。

 怒濤どとうの様に溢れ出す様々な声が一斉に唱和を始め、それは次第に大音量となっていく。



「逃げ場もない。居場所は閉塞感という檻の中。希望は遠く彼方へ。大義は言い訳とみなされる。尽くしても償っても消えない罪は、恐怖、絶望、自己憐憫じこれんびんを伴う巨大な壁で行く手を阻む。己が作り上げる悲観的な虚像は負の連鎖を招き、地下空間をさまよい歩く時間に膨大な時間を捧げ続けている」



 唱和を遮る様に、キーンと金属音の様な物凄い音が空間を揺らす。



「それを罪人の愚かさというのでは?」

 その人物はスッと立ち上がり冷たく言い放った。

「私も例外ではないが」

 くるりとこちらを振り向くが、逆光で顔が見えない。

「心を強く持て。時は来ている。急げ」

 金属音はその声を呑み込む様にかき消して行き、再び沈黙の闇に包まれて行く。


 この夢は、寸分の狂いなくいつも同じだ。



 そして主様の声が遠くから近づいて来る。



……よく見定めよ。これは一筋縄では行かぬ。本質を見極めるのだ……と。



 いつもの夢。

 最後は主様の声で締め括られ、徐々に夢から覚めていく。

 

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