第10話 究明
『この村の民は五代目酋長を筆頭に不思議な能力を持っていた。祈りの儀式の時に酋長が何を以ってこの災いをどの様な形で封印したのか皆、分かっていた。それ故にそれぞれが心を痛め、また心に影を残した』
引っかかるのはこの部分だ。宮司が伝えていたこの内容。祈祷所の中の出来事を村の民は分かっていた、という事だ。しかし何故、心を痛め、また心に影を残したのだろうか? まるで共犯者にでもなったかのようなリアクションだ。共犯者? 待てよ……? そう考えたなら辻つまが合う。水鏡の中から現れた鈴。それと入れ替える様にして沈めた深い緑色の光を放つ物体。深い緑色? もしかして……。
『茜空 共鳴伝う
あの歌にあった『碧緑色』とは、先の謎の人影ならぬ五代目酋長が、水鏡から発生させた深い緑色の光の事では? そういえばなっくんが言っていたあの話。
『ねえ、嵐蔵、覚えてる? 僕が最近よく見ている夢の話。神事で使う銅の鈴が紛失した、って言ってるんだよ。でも今の話によると、現実にあるのは銅の鈴じゃなくて鉛の鈴らしいね。そして神宝の鈴に錆のようなものが発生した、って言ってたけど、それは酸化したって事だよね。ねえ、嵐蔵。銅が酸化したとしたら……』
もしや……!
五代目酋長は秘宝植物を後世まで伝え残すために苦渋の選択をした。
秘宝植物を守る神宝の中でも重要な銅の鈴。銅は酸化すると
間違いない。あの祈祷所の中で行われたのは鈴のすり替えだ。五代目酋長は呪術を以て鉛の鈴をこしらえ、それと引き換えに銅の鈴を隠した。そして呪力が300年続く様にと強い祈りを込めた。
入れ替えたら終わり、という訳にいかない事は誰でもわかる。付け焼き刃に過ぎないのは自身が一番わかっていた事だろう。だがそれ以外になす術がなかった。
『その呪力は五代目酋長に多大なリスクを背負わせ………』
神に下剋上を叩きつけんとも限らない高リスクだったのだ。
五代目酋長は、民の命、そして生活を守る為に何の迷いもなく神の領域に踏み込んだ。神宝をすり替える事など誰にできようか。彼の強い保護本能がもたらした呪術は強大な呪力となり、悪夢をねじ伏せる事に成功した。だが……。
俺は身を引き裂かれる様な思いに抗いきれず溢れる涙をこらえる事が出来なかった。
「嵐蔵、嵐蔵」
我にかえると目の前には、俺の心の奥底をじっと見つめているなっくんの顔があった。あのまま酋長の動きに見入った状態で俺は空想世界に入って行ったのだろう。俺の顔はすっかり涙でびしょ濡れになっていた。そんな姿を見ても驚かないのがなっくんだ。
「嵐蔵、五代目酋長の呪術を見たんだね」
この不思議な能力を持つ少年。何故、俺はこの家に拾われたのか。何故、二人して今の世界に導かれたのか。じわりじわりと俺にも分かってきた。紛れもなくなっくんは『始めの民』の末裔だ。
追い風吹く如く、背中を押される様に事実が見えてくる。もう既に俺の心には確信めいたものが溢れてきていた。五代目酋長の魂は何処かに閉じ込められ、この現実世界でさまよっている。この年に手を打たないと彼は深い闇に葬り去られてしまう。
大いなる神の畏ろしさと深い慈愛に満ちた偉業は、まだ時間はあると知らしめているかの様に思えた。だが、一体どこからどうやってこの複雑にもつれた糸を解いていけばいいのだろうか。
なっくんはポケットから銅の鈴を取り出し俺と向かい合った。黙ったまま手の上で鈴を鳴らす。
……チリン、チリン……
すると遠くから聞き覚えのある声が。
「お願いです、ください、その鈴を私に……」
あれはすすり泣く女の声だ。
「嵐蔵!」
なっくんが怯えだす。俺の中の番犬の血が騒ぎ出し大声を上げた。
「この鈴はお前が持つものじゃない! 諦めて家へ帰れ!」
一瞬ひるんだ様に思えたが、すすり泣く女の声は遠慮もなしにどんどん近づいてくる。
「お願いです……おねがいです……オネガイデス……」
見渡すと空間に溶け込む様にして何かが見える。それは巨大なすすり泣く女の顔だった。次から次へと起こる奇奇怪怪な現象に足が
「オネガイデス……オネガイデス……」
もはやどうなるのか皆目見当がつかない。すすり泣く女は、もうこれ以上無理だという所まで近づき、俺たちはその大きな顔に呑み込まれる寸前だった。目を瞑った次の瞬間、強く優しく響き渡る声が俺たちを包んだ。
……執念固執 手放し花咲く
良しも悪しきも紙一重……
「主様だ!」
俺は叫んだ。
グニャリ。空間が歪むと同時に、すすり泣く女の顔もまた醜く歪んだ。
「ううううう……」
嗚咽が激しく辺りを覆う。すすり泣く女の姿形がじわじわと浮き彫りになっていく。丸くうずくまる様にして佇むその姿には微塵の悪意も感じられなかった。泣き声に合わせる様に空間が歪む。どんどんそのリズムは間隔を縮めて行き、果てには俺たち共々呑み込んで行った……。
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