穢れを知らぬ星

アール

穢れを知らぬ星

その星に住む人々は穢れを知らない人格者達ばかりであった。


いつもとせっせと勤勉に働いており、家族や友人を第一に考える。


この勤労を愛する精神はこの星に住む人々の

いわば伝統のようなものであった。


そんなある時、一機の宇宙船が突然雲をかきわけ、人々が住む街の近くの原っぱに着陸した。


住民達はもちろん突如としてやってきたその宇宙船に興味を示し、仕事手を止めて周りに群がり始めた。


やがて宇宙船のハッチが開き、中からボロボロの服を着た1人の男が出てきた。


「これはこれは。

よくぞおいでくださいました。

住民一同、あなたを歓迎致します」


星の代表者である長老が、そう言って笑顔で彼に歓迎の意を示した。


すると相手の男も顔に笑顔を浮かべ、ペコリと一礼をした。


「それはどうもありがとうございます。

私はという星からやってきた、

平和の使者です。

貴方がたと友好を結びたいと思い、遥々遠い宇宙の彼方からやってまいりました」


宇宙船を取り囲んでいた地球人に似た住人に似た人々はいっせいに手を振り、口々に喜びの声を上げた。






しかし実は、これは地球人である男の真っ赤な嘘。


彼は地球から派遣された平和の使者などではなく、刑務所から脱走してきた死刑囚なのである。


刑務官のスキをついてオリから脱走、宇宙船を奪って逃げてきたのだ。


その真面目そうな外見とは裏腹に、心にはどす黒い悪を宿していた。


しかし穢れを知らないこの星の住人達は、男が平和の使者である事をかけらも疑わない。


「ではまず、貴方を歓迎パーティーにご招待しましょう」


そう言って男は、大きな車に案内された。


そしてその車は街の大通りを抜け、この星で最高の評価と名高いホテルに到着した。


豪華な食事が並べられたテーブルに男は着席し、長老の会談することになった。


周りには何台ものカメラが用意されており、この会談の様子はすべての地域に中継されるらしい。


「星の住人みな、貴方のお話を聞きたがっています。先ほど、という星からやってきたとお聞きしましたが……?」|


「ええ、そうです。

と言ってもこの星とあまり変わりはありませんね。

この星は地球とよく似ています。

ここが地球だと言われても信じてしまいそうですよ」


男はそう調子よく続ける。


なかなかいい気分だ。


星の住人はみな自分に注目してくれるし、興味深そうに耳を傾けてくれる。 


「そうなのですか。

それは興味深い。

…………ところで先程から気になっていたのですがその身に付けてあるものは一体何なのですか?」


そう言って長老は、男の腰にあるものに指を指した。


「……これですか?

これは拳銃ピストルですよ」


それは刑務官から脱獄する際に

奪い取ったものであった。


しかし、相手の長老はどこかピンと来ていないような顔をしている。


「ピストル……ですか?」


「……知らないのですか。

この引き金を引けば、銃口から弾丸が発射される。

それで相手の命を奪うのですよ」


「そんなもの、一体何の為に使うのです?」


……どうやらからかっているわけではなさそうであった。


この星の人々は犯罪というものを知らなかったのだ。


男は初めのうちは驚いたが、すぐに

その事を理解すると、一からカメラに向かって

犯罪というものは何か、と言うことを丁寧に解説してやった。


このテレビ放送は大反響となった。


「なるほど、自分で稼がなくても他人から

お金を騙しとればいいのか」


「老人は比較的ターゲットにしやすいらしいぞ」


という風に、ありとあらゆる犯罪が、放送を見た民の中で大流行。


こうして、この星の勤労を愛する精神は

簡単に崩壊した。


秩序もなければ正義もない。


昼間から住民たちは酒に溺れるか、

ギャンブルに繰り出し、弱いものを殴ったりして

憂さ晴らしをするのだ。


初めのうちは愉快そうにその様子を眺めていた男だったが、次第に心の中は不安に包まれていった。


善良であった住民たちが悪へ落ちていく様子を見るのは楽しいものであったが、それに伴う治安の悪化により、男の身にも危険が及ぶようになった。


先日だって街を歩いていると、酒に酔い狂った老人に刺されそうになったのだ。


この混乱に満ちた今の治安を回復させる為、早速男は行動を開始した。


まずは、まだ悪に落ちていない

数少ない善良な住民達を男は何とかして集める。


そして男は彼らに護身術や銃火器の扱い方を丁寧に教えた。


地球にいたころ、脱獄のために色々と会得したものがここで役に立ったのだ。


そして犯罪者を撲滅する為の組織、その立ち上げを宣言し、色々とそれぞれの団員に役割を与えた。


その為の制服やバッチを作らせ、いよいよその組織は街へと犯罪撲滅のために繰り出していった。


そしてそれは大きな成果を上げることになる。


何人もの犯罪者を検挙した彼らは、いつしか組織の名をと名乗るようになった。


そしてその組織の設立者である男は

とよばれ今日も彼は業務に励む。


朝のテレビ番組に出演した彼は、

部下達にいつも言い聞かせているこの言葉を

カメラに向かって宣言するのだった。






「私は元々、地球の使者でした。


しかし今は違います。


私もこの星の住人であり、皆様の安全を守る者。



この3つを心に、

私たち警察は今日も力を尽くします………………」
































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