耳のないウサギの話

@azuma123

第1話

 わたしの家にはウサギがいるが、耳がない。連れて歩くときに耳をつかむようにしていたところ、いつの日か千切れ落ちてしまった。耳が千切れた当初こそわたしをみるとビクビクしていたが、いつの日からかさほど怖がっている素振りもなくなった。餌も水も与えているのはわたしであるし、別にレンジで加熱したりぶん殴ったりしているわけではない。それに、耳がなくなったことに不便さを感じないのだろう。わたしの家にウサギにとっての敵はおらず食い物もあるため、たいそうなことがない限り死ぬことはない。

 耳をつかんで運ぶことができなくなったため、わたしはしばらくウサギを持ち上げていない。抱き上げることもない。ウサギはわたしの家で放し飼いされており好き勝手に移動することができる。キッチンの端が好きなようで、最近は定位置になっている。ウサギは頭が悪いのか、排せつの場所をしつけることができない。まだ耳があるときになんどか糞尿の場所で叱ったことがあったが、未だにどこにでも出してしまう。これは仕方のないことなので、もう諦めてしまった。ある程度は自分で場所も決めているようだし、わたしが片づければ問題ない。

 そんな折、窓から他のウサギが入ってきた。ウサギは「ここに耳のないウサギがいると聞いたが」と話す。「いるにはいるが、」わたしは答える。「いるにはいるが、いきなりなんだ。窓から入るなんて失礼もいいところだ」

ウサギはしまったという顔をした。そして、「それは悪かった」と呟いた。まあ、糞尿の場所すらしつけられない頭の悪さである。それは仕方のないことだろう。「それで、ウサギに何の用だ」わたしはウサギに聞いてみる。ウサギはふところからメガネを取り出して長い耳の根本に器用にかける。そして、左胸のポケットからペンとメモを取り出した。「耳がないのはどういった気持ちなのか、取材させてほしい」

 「おい、ウサギ」わたしはいつも耳のないウサギのいる定位置、キッチンの端へ呼びかけた。「おい、取材の方がいらしてる」

ウサギは返事をしない。定位置にいないようだ。ここしばらくは外に出ていないはずであるが、勝手に自分で出て行ってしまったのだろうか。それとも、家の中にはいるのだろうか。寝室のドアを開いたところ、ウサギの糞が落ちている。「ここにいたのか」

「いました」耳のないウサギはうつむいて答えた。「取材の方がきてる」わたしはもう一度言った。耳のないウサギは変わらずうつむいたまま、「帰ってもらえますか」と答える。「帰ってもらっていいのか。わざわざおまえに興味をもって、来てくれてる。有名になるチャンスだ」

わたしが言った言葉にウサギはプルプルと震えだした。「耳のないウサギなんて化け物です。取材なんて、ただ、見世物にするためですから」

 化け物なんてことはないんだがなあと思いながら耳のあるウサギのもとへ戻る。ウサギは「耳のないウサギはいたか」と聞いてきた。「いたが、」わたしは答える。「いるにはいたが、取材は嫌だと言ってる。なんでも耳のないウサギの取材なんて、見世物みたいなものだろうって」耳のあるウサギはそれを聞いて、笑って、そして答える。「そりゃあそうです。耳のないウサギなんて珍しい。それにかわいそうだ。かわいそうなものは、わかりやすく視聴率がとれる。見世物でいいんだ」

一枚でいいから写真を撮らせてくれ、そういって耳のあるウサギは寝室までズカズカと入り込んできた。耳のないウサギが嫌がっているためどうしたもんかと思ったが、まあいいかと放置した。寝室からカメラのシャッター音が聞こえる。間もなくして耳のあるウサギが出てくると、「ありがとう」と言って窓から出て行った。窓から出入りしてはいけないということは、頭が悪いためわからないようだ。

 寝室に入ると、耳のないウサギは床に伏してシクシクと泣いていた。かわいそうに思って近づき、背中を撫でてやる。ウサギは元から真っ赤な目に大粒の涙をポロポロ流し、「いやだと言ったのに」とわたしに文句をつけた。一応意見は伝えたが、耳のあるウサギが勝手に寝室に入っていったのだ。それを止めなければいけない義務はない。わたしが困っていると、ウサギは泣き声で話し出した。「耳がなくなったこんな姿、本当は誰にも見せたくない。それでもあなたはわたしを捨てずに置いてくれたから、こんなでもいいんだって安心していたんです。化け物扱いされないことに安心していたんです」話し終えると、ウサギは突っ伏して泣きじゃくった。

 こんな時はどうすればいいのかまったくわからなかったので、教えを乞うため知人に電話をかけた。「もしもし」知人はすぐに電話にでた。「突然なんの用だい」

わたしは知人になりゆきの説明をした。わたしが耳を千切ってしまったウサギの存在と、そのウサギが自分を化け物だと言って泣いている。知人は「要するに、その子はきみのせいで自信を失くしてしまっている状況だろ。セックスをしてやればいい。女の機嫌はだいたいセックスで直るんだ」

なるほど、とわたしは電話を切った。そして未だ突っ伏して泣いているウサギの身体を持ち抱き上げるとベッドに放り投げた。ウサギはしゃくりあげながらもわたしを驚いた顔で見上げている。驚いているウサギに覆いかぶさると、ウサギはわたしの身体の下でバタバタと暴れ出した。「なんですか、何をするつもりですか」

わたしは答えずに自分のズボンとパンツをおろし、ウサギの両足を開いた。そこにあったのはウサギらしい小さい陰茎である。「おまえ、男だったのか」わたしが言うと、ウサギは顔を赤らめて「今、そんなこと関係ないでしょう」と言った。

男であれば話は変わるってもんで、わたしは再度どうしたもんかと困ってしまった。女の機嫌はセックスで直るらしいが、しかし男であればどうなのだ。しかも、相手はウサギである。「なあ」わたしはウサギに話しかける。「なあ、この場合、どうするのが正解なんだ」

ウサギは顔を赤らめたまま「ズボンとパンツをはいたらどうですか」と言った。わたしは自分の顔が真っ赤になるのを感じていた。

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