在る面談にて。

智郷めぐる

在る面談にて。

 カンカンカン…


 鉄の階段を地下へと降りていく。

 一体どんな靴を履いたら音がならなくなるんだ。

 でもこれもあいつへの罰なのかと思うと、まぁ仕方ないよなとも思う。


 ピィン


 虹彩認証に瞳を合わせ、使い捨ての針を刺して生体認証の機械へと血を一滴たらす。


 プインプイン


 相変わらず変な音だな、と思いながら開いた扉の中へと入っていく。

 明るい。

 身体に凶器を隠していてもわかるようにと、この明るいコンクリートの廊下を歩く間中、光による持ち物検査が行われるのだ。

 ポケットにチョコレートを入れているが、それもダメだろうか。


 10分ほど歩かされただろうか。

 真っ黒で分厚そうな扉が目の前に現れた。

 扉の上部にあるセンサーから僕の胸へと赤いレーザーが照射される。


 「オ名前ト、ゴ用件ヲドウゾ」


 可愛らしい機械音がする。

 所長の趣味なのだろうか。


 「斑鳩いかるが竜胆りんどう。D4_3405番と15時から面談をする。」


 キュインキュイン


 「確認シマシタ。オ入リ下サイ。」


 ズドドドド、という豪快な音を立てながら扉が右へと流れていく。

 引き戸だったのか、と少し感動した。


 扉の内側はオレンジ色の薔薇を模ったランタンと、五芒星に組まれたガラスのランプがぶら下がっているとても刑務所内にあるとは思えない華やかな空間だった。

 コンクリートの打ちっぱなしの壁に色とりどりの色ガラスがはめ込まれ、廊下の左右に並ぶ扉は木肌の模様が美しく見える黄色に近い茶色で、それぞれに番号が焼印されている。


 「D4_3405…、ああ、ここだ。」


 コンコン


 扉をノックした1秒後に横についているインターホンに気づいてとても恥ずかしくなった。


 カチャリ…


 ゆっくりと扉が内側へ開いていく。


 カラカラカラ


 「こんにちは、斑鳩です」


 「ああ、君が斑鳩さんですか。随分とお若いんですね。」


 「ええ、あなたと同い年なんですよ。」


 「へぇ…、それはすごい。立ち話もなんですから、どうぞ中へ。紅茶かコーヒー、水、オレンジジュース…、どれがいいですか?」


 カラカラカラ


 「じゃぁオレンジジュースで。」


 「わかりました。」


 真っ白でフワフワした髪を無造作に低い位置で結ってある若い男性がトタトタと冷蔵庫の方へと歩いていく。

 中は案外広く作られているようだ。

 間取りは…、2LDKといったところか。

 リビングへと案内された僕はそこにある深緑色のソファへと腰掛けた。

 こういう時どの辺に座ればいいのかわかんなくて、つい下座に座ってしまう。


 「あはは、斑鳩さんはお客様なんですから遠慮しないでください。」


 「いえいえ、僕は署内でも下っ端なので下座が落ち着くんです。」


 「ご謙遜を。」


 「いえいえ。」


 カラカラカラ


 上座は逃げにくいから苦手だ、なんて本人に言えるわけもなく。

 僕は運ばれてきたオレンジジュースをありがたく一口飲んだ。

 奥歯に仕込んだ解毒薬と一緒に。

 その瞬間を興味深く見つめながら男はローテーブルを挟んですぐ前にあるソファに腰掛けた。


 カラカラカラ


 「ほう、誰の入れ知恵ですか?上林かんばやしさん?」


 「違いますよ。あなたの犯罪歴は一通り読みましたので、自己流です。」


 「アレを全部読んだんですか?」


 「はい、全部。」


 男は目を丸くしながら驚いていた。


 「では、そろそろお仕事していただいてもよろしいでしょうか?」


 「いいですよ。適度に雑談も挟んでください。」


 「ええ、わかってます。」


 彼の名前は木舞コマイ蓮司レンジ

 31件の動物虐待、12件の放火と82件の殺人幇助で起訴されて死刑が宣告されたのだが、ある一つの条件のもと、一生何があってもここを出られない終身刑になった。

 その条件というのが、日々加速する異質な犯罪の捜査への協力だ。


 「では、今回の事件はこちらです。」


 僕はカバンから薄茶色の厚紙のファイルに閉じられた報告書をコマイに渡した。


 「ふーん、これだけですか?」


 「いえいえ、まだあります。」


 「ですよね。じゃぁ、まずこの事件から。」


 そういうとコマイはファイルに挟まっていた現場写真を焦げ茶色のローテーブルに広げ、一枚一枚を指差しながら話し出した。


 「まずこの写真。最初の強姦の被害者。木片が見つかったと報告書に記載があるからきっと野球のバットかなんかだろうね。歯が全部折られてる。でも指紋はそのままだった。ってことは犯人は被害者の身元を隠したいわけじゃなく、怨恨で歯を砕いたんだろうね。おそらく、力の無い幼少期に歯並びや口元にある特徴を馬鹿にされたんだろう、女子から。多分親は再婚。母親は出ていったんだろうね。そんでもってきっと再婚してるよ。母親は一度も会いにきてないと思う。でもこの犯人は見つけたんだ。この犯行前に。それで見ちゃったんだろう。顔の良い夫と息子に囲まれた母親を。犯人は思っただろうね~、自分が不細工だからママは出ていったんだって。父親は多分隠れて女と付き合ってる。それも原因。自分を紹介したく無いんだって犯人は思ってる。だからこの4件の強姦事件の犯人は思春期以上、20歳未満の男性だと思うよ。」


 「…なるほど。」


 すごい。

 先輩方が言ってた通りの人物だった。


 「次はどんな事件ですか?」


 「では、こちらをお願いします。」


 僕はまたカバンから紙のファイルを取り出すと、コマイに渡した。


 「これは…、ちょっと考えますね。雑談しながらでも良いですか?その方が捗るので。」


 「良いですよ。」


 「じゃぁボクから斑鳩さんへ質問です。もしこの部屋にあるものでボクのことを殺すならどうやって殺しますか?」


 「ふむ。」


 僕は部屋を一通り見回してみる。

 ここにある刃物は全て本物だ。

 ちゃんと生活できるように電気も水道も通っている。

 オール電化のため、ガスは無い。


 「決めました。」


 「ほう、早いですね。ではどうやって殺してくれます?」


 「まずご飯を炊きます。」


 「?」


 コマイはキョトンとしている。


 「炊けたら鍋に移しておかゆを作ります。」


 「…」


 「粒がほぼなくなるくらいドロドロになったら救急箱の中にある注射器におかゆを詰めてあなたの首筋にさして注射します。これなら僕の服は汚れないし、余ったご飯をおにぎりにでもして持って帰れます。一石二鳥ですね。」


 「あは…、ははは。斑鳩さんってボク側の人間なんですね。最高です。」


 「いやぁ、初めてです。褒められたのに嬉しく無いのは。」


 「でしょうね。」


 「コマイさんはどうやって僕を殺しますか?」


 「うーん、シンプルに万年筆を…」


 「あ、その先は言わなくて結構です。吐き気がします。」


 「そうですか。すみません。ボクは汚れるの気にならないのでつい。」


 「そうでしょうね。」


 コマイは感触がある行為が好きなのか。

 でも、じゃぁなぜそうしなかったのだろうか。


 「あ、斑鳩さん今疑問が湧きましたね?」


 「ええ、そうですね。」


 「答えは簡単です。ボクだけじゃ無いってところを世間に示したかったからです。」


 「…条件と動機、そしてタイミングが合えば誰でも人を殺しうるってことですか?」


 「その通りです。」


 「最低ですね。」


 「はい。だからここに収容されているのです。」


 「ですね。」


 フラットに嫌な奴だな。

 これから僕が担当しなきゃいけないと思うと本当にストレスだ。


 「できました。」


 「では、聞かせてください。」


 「犯人は女性。おそらく、入院が必要な程度の事故に遭い、頭部に損傷がある。そのせいで妄想性障害…、強迫性パーソナリティ障害…、おそらくそれに近い状態になってしまったのだろう。彼女は自分がしていることが悪いことだとは思っていない。ただただ『それをしないといけない』『達成しないと何か悪いことが起こる』と本気で思ってるんだろうね。被害者の共通点から犯人がどんな女性かわかりそうだよ。聞き込みの記述によると…、みぃんな不倫してるね。既婚男性との遊びの恋。これが犯人の倫理観を著しく侮辱したんだ。多分、犯人の女性は自分の配偶者と一緒に結婚カウンセリングに通っていると思う。多分、夫の浮気かなんかが原因で冷えた家庭かな。セックスレス。『自分はこんなにも尽くして頑張っているのに』って思ってそうだよね。多分、この犯人の人、殺人の後はものすごく機嫌がいいと思うよ。近辺にあるカウンセリング施設で妻側に感情の落差がある夫婦から探すと早いかもね。子供はいたとしたら思春期に差し掛かった女の子。多分、可愛いし、夫が溺愛してるから娘は夫の味方をしてる。多分ね。」


 「女性か…」


 女性を殺す犯人っていうのの一番多いパターンは母親との確執がある男性ってのが通常なんだけど、なるほど、この事件は女性が犯人なのか。


 「ボクの推測なのでちゃんと裏をとるなり調べるなりはしてくださいね。」


 「もちろんです。」


 「…君は手強いですね。」


 「ええ、そうですね。少し休憩してもいいですか。」


 「そうしましょう。」


 僕はそっと目の前にある車輪付きの鏡に布をかけた。

 この部屋の中で鏡に映さないと喋らないコマイ。

 僕が入院中は先輩方がこの部屋で動けないコマイと話していた。


 「はぁ…、まさか犯罪者の心臓を移植されるなんて、僕も不運だな。また身体を乗っ取ろうとしてきたし。」


 コマイは僕の身体が欲しいらしい。

 最初はオレンジジュースに睡眠薬を入れて僕から意識を奪い、この身体を乗っ取ろうとした。

 次に万年筆で片目を潰してその痛みに乗じて乗っ取ろうとしたんだ。


 「おかゆ、作っておこうかな…」


 僕はため息をつきながら立ち上がり、再び鏡から布を外した。

 今日はまだコマイに見せなきゃいけない資料が10件もあるのだ。


 「おかえりなさい、斑鳩くん」


 「早く死んでください、コマイさん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

在る面談にて。 智郷めぐる @yoakenobannin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ