ダブリングキューブがあったから

 そのまま直進して校門を一緒に出る僕たち。

 無言だけど、僕は庄妙さんの横を歩いてるだけでうれしくてどきどき。

(もちろん、声をかけてくれたらめちゃくちゃうれしいけどさっ)

「また明日から庄妙さんの戦い方を見て勉強だなぁ」

 僕はちょっと遠くの空を眺めながらつぶやいた。

「そうそう庄妙さん」

 こっち向いてくれた。

「あの対戦、僕が少し有利になったところでも、庄妙さん楽しそうな表情から変わらなかったけど、あれって単純にバックギャモンで戦うことが楽しいから? それともすでに最終的に庄妙さんが勝つことをわかっていたから?」

 気になったので聞いてみた。あれ、庄妙さんなんかはてなまーく浮かべてない?

「あ、よくわかんなかったらいいよ、うん」

 その表情のまま、首がこくっとなった。かわいい。

「って、バックギャモンの話ばっかりでつまんないかな? もう対戦も終わったことだし、バックギャモン以外の話の方がいいかな?」

 そこはまばたきだけをする、っと……。

(うう。声聞きたいな)

 僕は試しにそう念じて庄妙さんににらみつゲフゴホ視線ビームを飛ばした。

(通じるわけないかな)

「……実琴三くん」

「ほらやっぱり念じても通じうぇーーー庄妙さーーーん!?」

 今聞こえたよね! 聞こえましたよね!?

「実琴三くん」

「ななななにかななにかな!?」

 ああ……癒される声……。

「私、実琴三くんに勝ったから……お願い、いい?」

「お、お願い!? ああもう勝った負けたとか関係なくお願いして!」

 一気にうれしさとどきどきがメーターを振り切った。

「明日……遊ぼう?」

(………………ふぃ?)

 気のせいかな。そうだよそうだよ。普段から庄妙さんの声は聞き慣れていないからさ、なにか別の言葉と聞き間違いしたんだと思う。そうだよねそうだよね。

「もっかいお願いします」

「明日、遊ぼう?」

 気のせいかな。さっきと同じ音の並びが聞こえた気がする。でもさ、その音の並びって、文章にすると、僕は庄妙さんから明日、つまり土曜日であり休日に遊ぼうって誘われてることになるんだよ? そんなまさかぁ~?

「何度もごめん。次で最後の確認にするから、もっかいだけー……さんはい」

 庄妙さんは一回笑ってくれた。

「……明日。実琴三くんと、遊びたい」

 僕は……そばにあった電柱へもたれながら、空を眺めた。今日はなんていい天気なんだ……。

「庄妙さん……」

 返事はないけど、たぶんこっち見てくれてるはず。

「僕。今。夢の世界にいるみたいなんだ」

 心地いい風が吹いている。

「庄妙さんと遊ぶ? 土曜日に? 休日に? しかも僕からお誘いしたんじゃなくて、庄妙さんから? おかしいな。僕の持っている運は、すでに今日の対戦で使い果たしたはずなんだ。あの庄妙さんからそんなお誘い」

「えいっ」

「ぐはああ!!」

 え!? え!? えっ!? 今字梨ぱんち来たの!? 庄妙さん笑ってるけど!? 僕のおなかもある意味笑ってる。

テイクダブルを受けるパス相手に点数渡し下りるで答えてください」

「えっ、ここに来てダブリングキューブ!? っていうかずっとシングルマッチだったよね!?」

 まさかの……まさかまさかの初めての庄妙さんからのギャグが、バックギャモンネタ……!

「答えてください」

「ああえとえとえと!」

 冷静に冷静に。明日用事ないよな。うんないよな。ほんとにないよな? ないよな!?

「……テイクで。2倍どころか64倍でもいいよ」

 庄妙さんは

(うはぁ……強烈……)

 にこにこでうなずいてくれた。

「庄妙さん。僕と戦ってみて、どうだった?」

 なんで人が一人こっちに向いてくれているだけなのに、こんなにもどきどきするんだろう。

「……楽しかったっ」

「そ、そりゃあ、勝てたら楽しいよね。くぅ~……!」

 バックギャモンでこんなに負けたのが悔しいって思ったの、初めてかも。なんでだろう。

「私も楽しかったけど、見てるみんなも楽しそうだった」

「みんなも? ああ、うん、それはまぁ……」

 たくさん庄妙さんの戦いを見てきたけど、その時と比べたらやっぱり盛り上がっていたと思う。

「……でもっ。楽しかった」

 庄妙さんが声をかけてくれながら笑ってるとか……もう天に召されてもいいですよね……?

「しょ、庄妙さん!」

 僕は自然と声が出ていた。ちょっと勢いがあったけど、庄妙さんは優しく振り向いてくれた。

「ま、負けたけど! 負けたのに僕はやっぱり庄妙さんといっぱいしゃべりたい!」

 ついというか、僕の気持ちがあふれてしまった。庄妙さんもちょっとはっとなってる。

「前からずっと庄妙さんとしゃべりたいなって思ってて、かといって変にしゃべりかけて困らせたらあれだしともずっと思っちゃってて。でも庄妙さんは僕のこと嫌ってないみたいだし、こうして一緒に帰ってくれるし……だから僕はあえて言う。庄妙さんといっぱいしゃべりまくりたい!」

 僕は庄妙さんをまっすぐ見てそう言った。庄妙さんは……その両手はちょっと困ってるっていうことなのかな……? でも僕は伝えなきゃ。せっかく仲良くなれちゃったら、もっともっと仲良くなりたくなった。

「あいや、無理にしゃべってほしいっていうわけじゃないから! 勝手なこと言っちゃったかな!? でも、それでも僕は、庄妙さんと仲良くなりたああああーーーーー?!」

 ちょ! ちょちょちょぼぼ僕の左手が庄妙さんの右手に握られられられ!?

「……私も。実琴三くんとおしゃべり……したい」

 うれしいですけど! おしゃべりしてくれるのうれしいですけど! けどこの左手ーーー!?

(ちっちゃくて細くてかわいくて軟らかくて……)

「こ、この手は!?」

 あ、ちょっと力強く握っちゃった。こんなのどきどき以外にどうしろと……。

「……仲良し?」

 なんで疑問形なんだ……なんでそんな笑顔なんだ……なんでしっかり僕の手を握ってるんだ……。

「い、一気に仲良くなりすぎなんじゃ……!」

 女の子と、お、女の子と手をつ、つなぐ、とか……さ?

「実琴三くんといると、なんだか楽しくなっちゃう。ついおしゃべりしちゃう。仲良くなりたい。今すごくどきどきしてる。バックギャモン終わった後の握手もどきどきした。なんだろう、これ……」

 庄妙さんがいっぱいしゃべってる! なんだかてれた表情みたいなのしてるし手もつないでくれてるしでもうこれはもうもうもう……!

(そうか……これが幸せっていうことなのかっ……)

「ぼ、僕もそんな感じだよ! 庄妙さんのことなんて遠くから見てるだけでもどきどきするのに正面から見たらすごくどきどきするしさ! 声聴いても手をつないでもどきどきしすぎで僕はうれしすぎてどうにかなっちゃいそうだよ! てかなっちゃってるよ!」

 もうこうなったら浮かんだ言葉をありったけ伝えなきゃ!

(なんだよぉこのどきどき……なんかちょっと胸が苦しい!)

 庄妙さんは……とうとう左手をほっぺたに当てて向こう向いちゃったー!!

(なんなんだろう、この反則的なかわいさ……)

 こんな気持ちになったのは庄妙さんが初めて。

「これからたくさん誘うから! いっぱい遊ぼう! もちろんバックギャモンしてもいいし! 庄妙さんが楽しいんなら僕は喜んで負けまくるから!」

 ちょっと庄妙さんが笑ってくれた。そのままこっちを向いてくれた。

「……リダブルテイク後ダブル再提示いっぱいしてね」

「ぶっ! ほんと庄妙さんバックギャモン好きなんだなぁっ」

 思ってたよりもギャグ言ってくれる系?

「実琴三くんは、こういうの好きそうかなあって思って」

「好きだけど、それを庄妙さんが言うから破壊力抜群なんだってばっ」

 庄妙さんはにこにこしながら首を傾けている。手はずっとつないだままっ。

「……バックギャモンしてくれてありがとう。やっと実琴三くんと仲良くなれてうれしい」

(や、やっと……?)

「……私も。ずっと実琴三くんと……仲良くなりたかったっ」

 手を握られている腕が少し前後に振られたような気がする。

 僕は握っている手の親指を庄妙さんの手の甲に少し滑らせると、庄妙さんが同じように親指を滑らせてきた。

 これからずっと楽しんでいきたいと思った。このどきどきしている気持ちは庄妙さんにだけのものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編33話  数あるVS激強おとなしギャモラー 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ