決・戦!! 最強ギャモラー庄妙字梨!!
いよいよやってきた決戦の日。
気のせいかな、いつもより観戦者が多いような……?
僕はいつも観る側だったけど、初めて挑戦者の席に座った。実はこの席って庄妙さんの前の人のイスなんだけど、津山くんの席だったりする。バックギャモンのよさを広めるためならぜひと毎回貸してくれている。
僕が座ると、
(庄妙さん、かわいいけど……勝ち目ないけど……勝ちたいっ)
庄妙さんが笑顔で迎えてくれた。
……いつものギャモンボードが開かれる。青色に白とピンクの三角形。きれいなギャモンボードだ。
普通なら庄妙さんはピンクの駒を手に取って庄妙さんから見て右上の端に二枚置く。特に要望がなかったらその配置で配られていくけど、そこは要望があれば駒の色とボードを反対にして開始してもいいみたいだ。僕は特に要望するつもりはないから、そのままの向きで白の駒を配置していく。
ひとつひとつの駒が置かれていくコトッコトッという音が僕の緊張感を徐々に高めていく。周りのみんなも注目している。
そして、僕は白色のダイスカップを手にした。これ内側にもボードみたいな生地が張ってあって、外側の生地も握り心地がいいなぁ。内側に縁が付いているタイプだ。庄妙さんはピンクのダイスカップ。それぞれ駒と同じ色。
ダイスも白とピンクがふたつずつ。僕はカップに白のダイスをひとつ入れ右手で持ち、人差し指から薬指までの三本の指でふたをした。
僕と庄妙さんのシェイクする音が充分聞こえたところで……
(
僕は序盤から積極的に相手の復活箇所を減らす陣形を敷くことにした。津山くんみたいな極端な陣形じゃなく、
でもその動きを見せた途端、庄妙さんは1ゾロでバックマンを2ポイント
中盤までお互いヒットの小競り合いはあったものの、そこまで大きなすきを見せることなく試合が展開されていく。
ただ盤面全体を見てみると、僕は二個組のブロックポイントが多く、庄妙さんは三個組のブロックポイントがいい間隔で置かれているし、すでにみっつも僕の復活場所を押さえられていて、さらに出目次第ではよっつ目を押さえられてしまいそうだ。
二個組以上重ねているとその場所への進入は防げるけど、攻撃に使うとその段階ではひとりぼっちになってしまう。だから本当なら庄妙さんのように三個以上重ねて
(うわっ、やばい!)
先に僕が攻撃できれば少しでも勝機があると思っていて、あえて
(……仕方ない、祈ろう!)
もともと祈るような戦い方で挑むつもりだったんだ! なるようになれ!
「あっ、くぅ…………」
しかし僕の祈りもむなしく、あっけなく庄妙さんにヒットされ、僕の駒は
周りの観客からも「うわー!」「ここで打たれるのはきつい……」「すぐ戻って立て直せるかしら……」「連続で
(運も……実力の……うちっ!)
「おっし!」
思わず声が出た!
「うおー!」「実琴三やるなあ!」「まだいける! いけるよ!」「
ここでまさかの4ゾロ! 最高の目だ! すぐ復活して一気に合流できた!
庄妙さんの表情はいつもの対戦表情だった。
(き、来たっ!)
チャンス到来だ! 庄妙さんにブロットができたぞ!
そう。僕があえてストリップ気味に戦法を取ったのは……たとえリスクを負ってでも、中盤で少しでも庄妙さんにブロットを発生させる確率を上げさせて、なりふり構わずブロットを攻撃するため!
「これは!」「いけー! ここだー!」「あれを攻撃すれば!」「まだ相手の
観客も盛り上がっている!
(多少陣形が崩れてもしょうがない! とにかく攻める! 頼むー!)
僕はいつもより気合を入れてカップをシェイク。ダイスの目は………………
(3・2!)
やった! 庄妙さんの駒をヒットした!
「おっしゃー!!」「いけいけー!」「こっからこっからー!」
さらに観客が盛り上がった!
……僕は昨日、ひとしきりベッドで庄妙さんの声を頭の中でリピートさせまくった後、再び今日のことを考えて、まともに真正面から実力でぶつかっても庄妙さんには勝てないと結論づけた。
バックギャモンが強い人から言わせれば『サイコロ使ってるから一見運要素のゲームに見えるけど、実は
(サイコロを使うゲームなはずなんだ!!)
庄妙さんが出した目は、5・6……!
「だ、ダンスしたーーー!!」「キタキタコレキタァーーー!!」「ダンスした字梨ちゃんは見たことあるけど……こんな大事な場面でっていうのは見たことないわ……」「一気にたたみかけろ実琴三ぃー!」
こうなったら押せ押せだ! 少しでもブロックポイントを増やして庄妙さんの復活を阻止するんだ!
(よし! 4・1!)
5と6だけじゃなく4も復活阻止だ! 陣形も少しずつ厚くなってきた!
(次庄妙さんがまたダンスしてくれれば……!)
庄妙さんのダイスの目は、4・6! またダンスだ!
(いけるいける! きっといけるぞ!!)
観客の盛り上がりっぷりがすごい! あ、いやあの、盛り上がってくれるのはうれしいけど、少しは庄妙さんに味方する声があってもいいような……?
(ここで6ゾロとか出てくれたら完璧すぎるんだけどな……でも本当にそのくらいの運を持ってないと庄妙さんには勝てないと思う)
僕はまためちゃくちゃ気合を込めてシェイクし……そして…………
「うおわあーーー!! 6ゾロだあーーー!!」「す、すげぇ、こんなことってあんのかよ……」「きゃー! 信じられなーい!」「これもう実琴三くんが有利だよね!?」「さらに
落ちたダイスの目を、ちょっと信じられなかった。
(……これがバックギャモン!!)
1・4・5・6と復活させないようにできた! もしこれで復活できたとしても厚い壁で進攻を防げるはず! そしてそのまま再び攻撃できるチャンスが来るはず!
(そしてこの状況でも庄妙さんは表情を変えない……)
そう。いつも対戦中優しくほほえんでいる表情をしている庄妙さんは、それって自分が有利だからかなって少し思っていたところがあった。でも今はどう見ても僕の方が有利だ。それなのに表情はいつもと変わることなく、ボードを、ダイスを、そしてたまに僕を見てくる。
(……もしかして。勝ち負けよりも、純粋にバックギャモンで戦うこと自体が楽しい、ということ……?)
庄妙さんは3・6を出した。僕の中では悪い方の目だ。安全なところにエンターしてさらに僕のバックマンを押さえつける壁も少し厚くなった。でも僕の方が有利なはずだ……!
……終盤に差し掛かってきたって言ってもいいかもしれない。
たしかに僕はリードしていた。僕はすばやく計算できないけど、
そう。ここまでは僕がダイスの出目の運を頼って描いていた、唯一といっていい僕の勝てる戦法だった。なのに…………
「プライムが……自壊した……!」「出目がよかった分、ブロックポイントを作ってエンターを阻止するどころか、ただの
バックギャモンは確かにサイコロを使うゲーム。そのサイコロ……ダイス次第によって負けそうなゲームも勝ちに引き込めることはある。でも……バックギャモンというのは、必ずダイスの目に従わなければならない。
庄妙さんは表情を変えることなくシェイクする。きれいな手で握られたダイスカップから出てきたダイスの目を僕は見て……
「これが
頭を抱えた。そこに好人くんがそうつぶやいた言葉が響いてきたと同時に、庄妙さんは僕の駒をひとつ、ふたつと取り上げ……
(
観客の声も僕と同じくらい絶望を感じたようなうなり声ばかりだった。
(……ダンス……)
その後は厚い壁を維持されたまま後ろの方にいた駒たちは逃げ、余裕の走りで
(かわいい顔のまま……)
庄妙さんが頭を下げた。
「実琴三……お前見せ場作ったよ!」「み、見てて楽しい試合だったよ!」「久しぶりだよね! 挑戦者が勝てるかもって思えた試合!」「そうだよ実琴三はオレたちに希望を与えてくれた!」「実琴三ぃ~なんで負けたんだよぉ~!」「奥深い戦いを見せてもらったわ……」「いやぁ~バックギャモンはやっぱおもれぇなぁ!」
僕も頭を下げた。そこには対戦してくれてありがとうの気持ちもあったけど……だけど……
(……悔しい……気持ちもあるけど!)
またすぐ頭を上げて、僕は自然と右手を庄妙さんの前に出すと、庄妙さんは少しきょとんとして、でもやっぱりいつもの笑顔……いや、いつもよりももっと楽しそうな笑顔になって、僕の手を握ってくれて健闘を称え合った。
教室中に拍手があふれていた。庄妙さんの手はすごくやわらかくて小さくてかわいいのに……勝てなかった。
掃除の時間も午後の授業の合間にも、いろんな同級生が僕をねぎらってくれた。
結局負けちゃったけど、でも……盛り上がったには盛り上がったのかな?
なんだかどっと疲れた気がする。バックギャモンってただのボードゲームのはずなのに、なんでこんなに疲れてるんだろ。ただのボードゲームじゃないってこと……!?
(帰って寝よう……)
僕はとぼとぼしながらげた箱にやってきた。ぼけーっとしながら運動靴を落として……そこには女子の靴が見えて……ん?
「うおわあ! しょ、庄妙さん!?」
昨日に引き続きげた箱で会った庄妙さん!
(さ、さっきは対戦の後しゃべることなかったよね……)
ということで、ここは声をかけないと。
「さっきはありがと。やっぱり庄妙さん強かったなー」
庄妙さんこっち見てる。とりあえず靴履き替えよう。
「こんなに強いのに『勝ったら言うこと聞いてくれる権利が~』とかなんとか言っちゃって。はずかしいなぁははっ」
うんしょうんしょ。よし、上靴直してっと。
「……しょ、庄妙さん?」
あれ。昨日のリプレイかな、これ。ということは……。
「か、確認だけどー。だれか待ってる?」
首を横に振る庄妙さん。
「……帰らないの?」
ちょっと視線を落とす庄妙さん。
「……よかったら僕と一緒に」
あ、うなずいた庄妙さん。
「じゃ、じゃあ……行こっか」
そして昨日と同じように僕の左隣を歩いてくれる庄妙さん。玄関ポーチから一緒に出た。
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