あなたのなくしもの、みつけます

白乃響

第1話 みつけ屋の店主さん



 カラン、と扉につけられた鈴が音を立てた。


「ごめんくださぁい」


 その音に内心びくりとしながら小さな声で扉を開けた少女は薄橙の灯りに照らされた店内を覗き見た。


「いらっしゃい」


 店の奥から聞こえた声は幼くて、老成していて、甲高く、深みがあって、耳に残るような、あっさりしたものだった。

 あれ? とつい首を傾げてしまった。


「はやく入りなよ。きみもなにかをなくしたんだろう?」


 不思議な声は急かすように少女に言った。


「はやく入ってはやくそこを閉めておくれよ。扉を開けたままにされてしまうとここにまで風が吹き込んでくる。寒いんだ」


 たしかに少女が挟まったままで閉まりきっていない扉の隙間からはヒューヒューと音をたてて風が通っている。

 少女はあわてて中に入り込んだ。と同時にぱたりと大きな音で閉まった扉に飛び跳ねてから、おっかなびっくりもう一度触れようとしたところでまたもや声がかかる。


「待ちなよ。どこへ行こうっていうのさ?」

「あ、あの、扉、勝手に」

「知りたがるのはいいことだけど、好奇心だけで動くのは感心しないね。猫をも殺す猛毒だよ。扱いには気をつけないと」

「ご、ごめんな、さい」


 少女は振り返って初めて、声の主を見た。室内だというのに小綺麗な黒のローブのようなものを纏い、中の服装は伺い知れない。その上にちょこんと乗った小さな顔は中性的な印象を受けた。なめらかな烏羽のような黒髪は肩口で切り揃えられており、前髪も横一文字に揃っている。声は先ほどからつかみどころがなく、それらは余計にその人物に不思議な印象を与えていた。


「きみはなにをなくしたんだい?」


 彼とも彼女とも知れぬ人は少女に問うた。そしてこうも続ける。


「ここは『みつけ屋』。私はきみのなくしものを見つけるのが仕事さ」

「キーホルダーをなくしたの。お誕生日に幼なじみからもらった、大切なもの。もういないあの子からの大切なプレゼント」


 少女の言葉にその人は小さくひとつ頷いて手元にあったノートを拾い上げた。おもむろにそれを開いて眺めると「なるほど」と幾度か呟いてからぱたりとページを閉じた。


「うん、きみのさがしものは見つかるよ。きっとね」

 断言したわりにはやけに曖昧な副詞が続いてとたんに不安になった。

「ほんとう、ですか?」


 疑念の混じる少女の声に憮然とした表情になった彼、ないし彼女は呆れて返事をする。


「疑うのかい? ……いや、きみと会うのは初めてだったね。信じられないのも無理はない」


 どこか諦念を感じさせる様子で頭を振るその人は続けて『ソラ』と名乗った。信じられない。名前からさえも性別を読みとれないなんて。愕然とする少女を知

ってか知らずか、ソラは少女をじっと見つめていた。


「それで、きみの名前は?」

「マイカです」


 少女も名だけの自己紹介を済ませてから、ついぞ気になっていたことを聞こうと口を開いたと同時。視界の隅を小さななにかが過ぎった。

 視線を向けると人の手のひらほどもない小さな白い生き物のようなものがいくらか、せっせとなにかを運んでいる。


「あの、ソラさん、これ……」

「ああ、『拾い』さ。人の落としたなくしものを拾ってはここに持ってくる変な生き物だよ」


 たしかに生き物の形はしているが向こう側がうっすらと透けているものを生き物と呼んでもいいのだろうかという疑念が浮かぶ。


「……それじゃあ、私がなくしたものも?」

「そうだよ。『拾い』が拾ってきた物の中にあった。だから見つかるって言ったのさ」

「じゃあ、きっと、っていうのは……?」

「そりゃあね、ここから探すんだもの。そう簡単じゃない」


 言葉と同時、ソラは背後にあった扉を押し開けた。錆び付いた蝶番が軋みをあげる。その向こうには山。正しく山があった。


「それ……」

「ご明察。『拾い』が集めたなくしものだ。元の持ち主が探すのを諦めてしまったものは奥の部屋にあるから実際にうちにあるものはこれの倍じゃきかないね。そしてきみはきみのなくしものをここから探すのさ。大丈夫、きっと見つかるよ」


 無茶を言う。でも。


「探します」


 大事なものだから。是が非でも見つけたかった。見つけないといけなかった。


「いいね、いいよそういうの。私は好きだ」

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