第39話 誘い


 放課後。


 俺は一人で学院内を歩いていた。アイリス王女はルーナ先輩と一緒に帰宅して行った。そして、どうして俺がたった一人でこの学院に残っているのか。


 それはアイリス王女に提案してもらった件を進めるためだった。


 カトリーナ=フォンテーヌにさらに近づくために、今回の大会はちょうどいいということで俺は彼女を探していた。アイリス王女によると、カトリーナ嬢は一人で訓練に励んでいるのだとか。


 そして演習場に向かうと、そこには一人で黙々と魔法剣ウォンドを奮っているカトリーナ嬢がいた。夕方ということもあり、彼女の長い髪は黄昏の光を綺麗に反射している。


 それに汗もかいているようで、額からは滴るようにして汗が流れていた。俺は躊躇なく近づいていくと、彼女はどうやら俺の姿に気がついたようだった。


「サクヤ? どうしてここに?」

「少し通りかかったので。月並みな言葉になりますが、頑張っておられるのですね」

「まぁ……そうですわね」


 さて、ここからどうやって話を切り出そうかと考えていると、カトリーナ嬢は思いがけないことを口にするのだった。


「そ……その」

「どうかしましたか?」

「もしよければ、少し見てくれませんこと?」

「自分が、ですか?」

「えぇ。わたくし、以前あなたと戦った時に思いましたの。サクヤは素晴らしい技術を持っていると」

「……」


 俺は黙ってその話を聞く。


「あなたの底はまだ見えませんが、剣技という点においてはあなたの方が優れているのは分かっていますの」

「それは……」


 正直なところ、意外だった。


 カトリーナ=フォンテーヌという少女は高飛車でプライドの高い人間だと思っていた。しかし、彼女は変わりつつある。それは何かきっかけでもあったのか。あの時の事件を機に、変わろと思ったのか。


 彼女のことはある程度調査していたが、自分の聖剣使いとしての実力に自信がないことは知っていた。でもだからこそ、こうして俺に助力を求めることはあまり予想していなかった。


 俺からどうにかして近づけないかと考えていたが、ちょうどいい機会ということでその話に乗ることにした。


「分かりました。僭越ながら、少しアドバイスをさせていただきます」

「ありがとうございますわ」


 微笑む。


 以前俺に向けていたような敵意の視線はそこには込められていない。今までは彼女のことを刈り取るべき対象だと思っていた。いや、そのことに変わりはない。その聖剣はいつか必ず奪うのだから。


 しかしそのことを抜きにして考えれば、純粋にとても美しいと思った。



「そこの踏み込みが甘いですね」

「こう? ですの?」

「いえ。もっと腰を落として」


 ということで俺はカトリーナ嬢に指導をしていた。といっても彼女は筋がいいので、そこまで改善することはなかった。必要なのは技術を知ることだろう。あとは反復練習をすれば、どうにかなると思っている。


魔法剣ウォンドの扱いというか……刀剣に慣れているの、サクヤは」


 ふとそんなことを尋ねられる。下手に嘘をついても仕方がないので、普通に返答することにした。


「どうですね。東洋では刀を使っていることが多かったので」

「刀、ですの。魔法剣ウォンドは違和感はありませんの?」

「少しありますが、基本は変わりません。剣技も同様に使えますしね」

「そうですか……」


 ふむふむと頷きながら、彼女はもう一度自分の動きを確認しているようだった。軽く雑談を挟むほどには、俺たちの距離感も近づいていると思っていいのだろうか。


 心に一瞬だけ罪悪感のようなものが芽生える。俺の目的はこの世界から全ての【原初の刀剣トリニティ】を消滅させること。それに変わりはない。だがこうして真摯に向き合ってくれている相手を騙していると思ってしまうと、心がわずかに揺らいでしまう。


 だがこの目的は一族の悲願なのだ。どれほどの犠牲が出たとしても、俺は成し遂げるべきなのだ。だから今日も俺は、自分の心を押し殺す。


「ふぅ……」

「お疲れ様でした。今日はここまでにしておきましょうか」

「そうですわね。お付き合いいただき、ありがとうございました。とても勉強になりましたわ」


 ペコリと軽く頭を下げる。素直にそう言われて、俺も特に悪い気はしなかった。またこうして指導することで改めて彼女の情報を脳内に蓄積する。いずれこの先の未来で、戦うことがあるのかもしれないからだ。


「では帰りましょうか。送りますよ」

「えっと……その。いいんですの?」

「はい。アイリス王女はすでに帰宅しているので。自分は少し別件の用があって、遅れて帰宅するとすでに伝えてあります」

「そ、それでしたらお言葉に甘えますわ」


 そうして俺たちは学院を出て行こうとするのだが、隣にいる彼女は俺から少しだけ距離をとっている。どうかしたのだろうか。


「その、何かしてしまったでしょうか? 先ほどから距離感を気にしているようでしたので」

「それはその……」


 髪の毛を指先に巻き付けながら、彼女は恥ずかしそうな顔をしてこう言った。


「拭き取りましたが、汗をかいてましたので……少し気になってまして」

「汗ですか。大丈夫ですよ、全く気になりません」

「そうですの?」

「はい」


 と、素直に答えると彼女は地面を見つめながらも近づいてきた。そうして二人で歩いて進んでいく。


 そして俺は何の因果か、彼女の家に招待されることになるのだが……この時はまだそんなことになるとは夢にも思っていなかった。

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七聖剣と魔剣の姫 御子柴奈々 @mikosibanana210

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