生後122日目①

「……誠に、申し訳ございませんでした」


 ツェプェリンを救出した翌日の午前中、玄関先に現れた髭の男に対してレナが深々と頭を下げる。


「……申し訳ないと言われたってねぇ? 謝罪なんかじゃうちの息子の心の傷は消えないのだよ」


 そんなレナに対して髭野郎は自慢の顎髭。撫でながら、ニヤリとほくそ笑む。


「そうだそうだぁ! 心の傷だぁ!」


「痛かったんだぞぉ!」


 そしてそんな髭クソ野郎の足元で喚くのはガキンチョ二人、タマキンブラザーズである。


 更に察しのいいお前らならわかるかもしれないが、この無駄に高そうなスーツを着込んだ髭ダンディズムなウンコ野郎はタマキンブラザーズの父親だ。


 結局あのあとタマキンブラザーズはギュスターブからバチボコにやられ、泣きながら帰っていった。そのあとやつらは父親にその事をチクったのだろう。


 そして今は、その親父がうちに乗り込んできてるところである。


「おいギュスターブよ? どうする、お前の喧嘩チクられてんぞ?」


 俺は物陰に隠れながら、隣で一緒に隠れている今回の事件の犯人に小声で問いかける。


「ふふぉうあ! もーだいなしだぁ! あんなひげよろーちまつりにあげちゃやうわぁ!」


 真犯人は、犯罪者らしくヨダレを撒き散らしながら野生的な咆哮をあげる。うむ、予想通りのリアクションだ。怖い。


「いやまぁ、……そりゃあらお前ならあんなオヤジ余裕だろう。しかし、それはあまり賢いやり方とは言えねぇな」


「なんでどぅあ? キュナイもひげの仲間かぁ?」


 言いながらギュスターブは馬のおもちゃを振り上げる。


「ちょ! 待て待てそうじゃねぇよ! 俺はお前、レナの心配をして言ってんだ!」


「なんどぅあ? ママにしんぱいなんかかけるかぁ! あんなひげわんぱんでずぐぁいぱっかんだぁ!」


 ギュスターブは両手を広げて、何かが弾け飛ぶ仕草をする。


 こいつ、……5歳でこれとか将来絶対犯罪者になるだろ。


「いや、お前が負けるとかそういう話じゃねーよ。いいか? 仮に今からお前があのクサレウンコヒゲ親父をボコボコの血まみれにしたとしよう、そのあとどうなる?」


「ひげやろーというそんざいがこのよからきえるだけどぅあ!」


「いや殺すなよ! ……いやこの際それはまぁいい、よくないがとりあえずそこはまぁいい。お前、この世の中にはルールがあるのは知ってるか? 人を殺したり怪我させた奴は逮捕されるルールだ」  


「ばかにすんなぁ! あたりまえだぁ! ちょうえきくらいいつでもいけるぅあ!」


 迷いなく言うギュスターブ。


 お前は極道か。


「……じゃあお前、子供は悪いことしてもその責任を取らなくていいのは知ってるか?」


「なんだとう! じゃあらくしょうだぁ! ひげやろー! いましぎゅぜんりちゅせんひきずりだしてくちにつっこんでくれるぅあ!」


 こいつ、日に日に言葉(物騒なものオンリー)のバリエーションを増やしてやがる。……一体こいつはどこを目指しているんだ。


「待て待て待て待て!」


「なんだぁ! キュナイぃ、おまえのぜんりちゅせんからぶっこぬこうかぁ!」


 ギュン! と俺の股間に向かって伸びてくるギュスターブの手をギリギリのところで躱す。


「ちょちょ! やめろやめろ!」


「いいか? 俺やお前のような子供が悪いことすると、責任を取るのは親だ」


「んぁあ?」


「、つまりだ、お前があのヒゲ野郎をぶっちめると、お前のママが刑務所に閉じ込められちまうと言うことだ」


 まぁこの世界でその辺のルールがどうなってんのかは知らんけどな。でもまぁレナに不都合があろうことは間違いないだろう。


「なんだとぅ?」


「しょうか、じゃあ……」


「そうだ、悲しいけどこれが世の中のるーるという……」


「しゃきにぽりこうらどもをみなごろしにしろということかぁ!」


「違う違う!」


 立ち上がりそうになるギュスターヴを慌てて押しとどめる。


「まぁ待て、俺にいい考えがある」


 嘘だけどな! でもこうでも言わないと、こいつマジで警察官をシバキにいっちゃいそうだからな。


「ぬぁんだつぉう?」


「それを遂行するためにゃあまずは情報が必要だ。まずは奴らの会話をじっくりと盗み聞こうじゃねぇか、なぁ?」


「そりぇがちまとぅりにつぬぁがるかぁ?」

 

「もちろんだ!」


 俺は内心冷や汗を垂らしながら必死で平静を取り繕いながらギュスターヴにサムズアップする。


「…ならよしだぁ、ぎゅっひゅっひゅ」


 心の中にクソ親父を血まみれにしてるシーンでも思い描いてるのだろう、この小さな悪魔はだらしなく口元をゆがめ幸せそうに笑う。怖ぇよ。


 まぁいい、悪魔小僧も大人しくなったことだし、肝心のクソ親父の会話の盗み聞きに戻ろう。


「……すみません、すみません。本当にどうお詫びすれば」


「お詫びなんてして貰ってもねぇ、この子の右目はもう」


「……うぅー、右目、僕の右目」


 親父の発言に合わせて、タマキン兄は包帯に包まれた右目を抑えて呻く。


「……うわぁ、お前目ぇ潰したのかよ? ガキの喧嘩で?」


「すりゅかしょんなもん! すりゅときゃずがぃごとつゅぶしちぇるわ!」


 ……なんでこいつの発想基本が殺害なんだ。


 ギュスターヴは作戦の前、目をどうのこうの言ってやがったがこいつはこんな所で嘘をつくやつでもないだろうし、タマキン兄の演技の軽さからみても奴の眼球は無事とみてまぁ間違いないだろう。


「すみません、うちの子が本当にすみません、……本当にすみまうぇっ、…せん」


 謝りながらレナは泣き始めてしまう。このクソ親父レナを泣かせやがって!


 本当なら今すぐ飛び出してこのクソ親父を(ギュスターヴを使って)とっちめてやりたいとこだが、そんなのはハッピーなやり方じゃあないしレナはそんなことでは喜ばないだろう。


「ぐ、ぐぐ」


 ポン、とギュスターヴが俺の方に手を置く。


「わかりゅぞキュナイよぉ! おまえもみたいよなぁ、ヒゲやろーのずいえきをぉ!」


 初めてギュスターヴに同情された。全く嬉しくねぇ。


「ごめん、ごめんねぇタマコーくん、出来るんだったらあたしの目を変わりにあげるんだけど、……そんなこと出来ないから、だ、から、……ぐすっ、……本当に、本当に、……ううぅ」


 本当にタマキン兄(こいつタマコーって名前だったのか)が失明したと思ってるレナが泣き崩れてしまう。


 ……くそっ、本当ならそれは嘘だと早く言ってタマコーの包帯をむしり取ってやりてぇとこだが、今は目立ちたくない。


 まだどうするかは決めちゃいないが、俺らがこの話を聞いてることはクソ親父が知らない方が有利なのは間違いないからだ。


「……くっ、我が息子はまだこんなにも小さいというのに視力がっ」


「……しかし、これ以上あなたを責めてもどうにかなるわけではありません」


「すみません、うぅ、……すみません」


「が、何とかなる方法がない訳ではありません」


「……本当ですか?」


「隣町に住む魔道士、スペルマンの秘術を使えば、1度光を失った目もなおるというらしいのです」


「じゃ、じゃあ早くタマコーくんを早くその……」


「しかし、スペルマンさんは大層気難しいお方でね、お金じゃ治療を引き受けてはくれないらしいのです」


 そう言うタマキンオヤジの口元はいやらしく歪んでいた。

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🍼異世界転生したベイビーが、お世話されるのが嫌すぎて秒で自立した結果。 ゆきだるま @yukidarumahaiboru

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