第2話 ハッピーバースデイ

「ハッピーバースディ!」

 陽気な声とともに、家の前の玄関で、クラッカーを新也は正面から浴びた。

 藤崎だった。

 今日はなにか起こるのではないかとビクビクしていた新也に取っては、救いのような、新たな受難のような出迎えだった。

「何だ、暗いな。どうした、誕生日なのに」

 藤崎は憎たらしいほどにスラリとした男前な姿で、新也の横に並んだ。

 すでに酒をいくらか飲んできたのか、気持ちよく酔っている様子だ。そして少し、ジャケットなどを着て、ドレスアップしているようだった。

「暗くもなりますよ……」

 新也は藤崎を部屋に招き入れながら、この1ヶ月に起こった出来事を掻い摘んで説明した。藤崎はふうん、と楽しそうに目を細めた。

「へえ。で、その手紙がこれか」

 新也が差し出した紙を裏表、眇めて見る。

「読めないな。ぐちゃぐちゃに、ボールペンで書いた文字を塗りつぶした落書きにしか、俺には見えない」

 さらっと藤崎は告げた。

「え、」

 新也は驚いて次々に藤崎に紙を見せたが、全てに藤崎を首を振った。

「で、男は?」

 藤崎が再度聞く。新也は自分を落ち着けるように、息を吸ってから話した。

「今日はそれが、見かけていないんです。だから、逆にそれが怖くて」 

「ふん。何かしかけてくるかもな。……酒を飲んで待つか」

 そして、藤崎が持ってきた酒での、2人きりの酒宴となった。


 深夜の0時を回ろうとしていた。

 ここまできてしまえば後数分というところで、2人はベロベロに酔っていた。……藤崎は本気だったが、新也は酔いたくても酔えていなかった。なので、酔ったふりをしていた。

「ピンポーン」

 と、妙に長く、静寂の中にインターホンが鳴った。

 ドキリとする。

 流石に顔色を変えた藤崎が、動けない新也を見て立ち上がった。

「ピンポーン」

 もう一度インターホンが鳴る。

 そっと、藤崎が扉に顔を近づけた。覗き穴を覗く。

 新也が息を飲み待っていると、藤崎が振り返って首を振った。何も見えない、ということらしい。そろそろと新也も立ち上がった。藤崎に変わってもらい、自分も覗き穴を覗く。

「ひっ」

 いた、覗き穴いっぱいに、人の真っ赤に充血した眼が見えた。

 いる。

 こっそりと、ささやくような声が、扉の向こうから明瞭に聞こえた。

「もうよろしいですか」

 手紙の投函口から、青白い、男の手が差し出された。新也は転がるようにして、飛び退る。その手は藤崎にも見えたようで、ぎょっとした顔で立ち尽くす。

 男の手は、白い小さな紙袋を持っていた。勿論、投函口からは入りようのない体積である。しかし、ケーキでも入っていそうなそれをそっと床に置き、手はすっと出ていった。

 カコン、と投函口が閉まるわずかな合間に、手紙が一枚滑り落ちてきた。

 震える手で新也が掴み開くと、

「もうよろしいですか?」

 と紙いっぱいに殴り書きがしてあった。


「で、どうする。これ」

 新也と藤崎は、男(?)が置いていった紙袋を前に、座卓で悩んでいた。

 藤崎はシンプルに開けてみようと言う。

 新也は捨てましょうと提案した。

 だがどこに?

 捨てた先で何が起こるかわからない。

 先に動いたのはやはり藤崎だった。

「こうしてても仕方ないだろう。責任は取るから開けさせろ」

「うわ、止めてくださいって」

 止めても無駄だった。そっと紙袋を開けた藤崎はしーっと新也を黙らせて、中から白い紙箱を取り出した。本当にケーキが入っているようだった。

 中を、開く。

 中には、大きめのモンブランに赤いろうそくが1本、入っていた。

「……」

 新也は頭を抱えた。

 ケーキの周囲は腐ったような臭いが立ち込め、クリームはドロリと緑色に濁っている。

 どう見ても、誕生日を祝っているようには見えない。いや、祝われているのかもしれないが、寄越された手紙を見るに食べれば良い結果にならないのは明白だった。

「何だ、ケーキか」

 気が抜けたように藤崎が言った。

 新也が止める間もなかった。

 藤崎は、むんずとケーキを掴むと大きく口を開けてガブリと齧り付いた。

「ああ!」

 新也は藤崎に手を伸ばす。しかし藤崎はその手を遠ざけて、笑った。

「うまそうなケーキだ。大丈夫だろう」

「先輩……」

 普通のケーキに藤崎には見えているのだろう。いや、もしかしたら、妙なケーキに見えているのは新也にだけかもしれないが。

 しっかりと最後のクリームまで舐め終えて、藤崎がニヤリと笑う。

「言ったろう?最後まで責任は取るって」

 一番怖いのはこの人かもしれないと、新也は呆然と見つめるのみだった。



【end】

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現代百物語 第10話 ハッピーバースデイ 河野章 @konoakira

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