第5話
「あたしはベロニカ。で? 父に何を頼まれたって?」
不貞腐れてしまった勇者に代わって私が会話します。
「ベロニカさんの様子を見てくるようにと言われて」
「なんで?」
「えーっと……なんだったかな?」
本気で思い出せませんでした。記憶の中に唯一浮かび上がってきたのがアレです。えっと、監視カメラです。この部屋のどこかに設置されているはずです。
私は部屋の上の辺りをぐるっと見回してみます。当然ベロニカさんはこの私の行動に不信感を抱くでしょうが、それよりも先に見つけてしまえると思ったのです、が。
「どうかした?」
ベロニカさんの部屋に監視カメラが見つかりません。堂々と取り付けられているのを想像していたんですけど、どちらかというとドッキリで仕掛けるカメラみたいに擬態しているのかもしれません。
「んーと……」
これは言っても良いのか。監視カメラのことって本人に言っても良いのか。私は小時間悩んだ末に決定できずに、
「この部屋ってシンプルですよね。入り口はとだいぶ雰囲気が違ってるなーって思って」
上手に別の話題にすり替えられました。それを聞いたベロニカさんは「あー」と、何か思う事があるようでした。
「何かあるんですか?」
「あれは、町の人があたしのことをからかってるんだよ」
「からかってる?」
うんうん、とベロニカさんは頷きます。
それはなかなか気になるお話でした。町のお嬢様の隠れ家に、あんな派手派手しいイタズラをするなんてなかなか高度なことですよ? いくら嫌いなお友達でも、家の玄関を勝手にデコってしまう意地悪なんて見た事ありません。一体どんな因縁が。
そこでベロニカさんは再びヘッドフォンをお付けになって、PCの世界へ帰ってしまったのです。
「いや、ちょっと! 気になるんですけど!」
「……」
例によって、またちょっと待つことになります。
お話はその後もタイミングを伺いながら聞いて行きたかったのですが、あんまりスムーズに事は運ばないものですね。大抵は問題解決の為に行動して行こうっていうストーリーなのに、問題自体が闇に包まれたまんま。私の察しが悪いのでしょうか。
そして私は一人で行動をはじめていました。どういう訳か後で説明しますけど、私は空の藁籠を持って森の道を歩いております。タブレットは仲間の勇者にぶんどられていて地図も無し。ハードモードかと思えますけど、森の中で道を尋ねればきっと大丈夫です。
「やあ、こんにちは」
私が話しかけた相手は木陰に隠れておりまして、私の登場にさぞびっくりしたようにひっくり返りました。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです」
とか言いながら、いないないばあの要領で木の幹から顔を出したのですから、驚かす気満々でした。
お相手さんは目の前にてごろんごろん転がっています。お腹を上に向けているのは犬で言う服従のポーズ。出べそが可愛くて、つんつんしたいですが、お顔はお魚なので気色が悪いのです。
「コ……コ……」
この方はモンスターです。タブレット無しではお名前も生態もわかりません。
「あの、私この辺りの八百屋さんに行きたいのですが」
「……コ……コ」
「ちょっと? 八百屋さんへの道を教えていただけませんか?」
「コ……コ……」
初めての方の前で失礼ながらため息をつきました。モンスターさんは私の問いかけに「コ」の音しか出しませんでした。驚き過ぎて腰を抜かしてしまった様子でお話になりません。残念ながらおさらばします。
モンスターさんたちはこの木漏れ日の森の中に、実に奇妙な種類で沢山生息しておりました。みんな臆病者で木の陰に隠れたり、土の中にもぐっておられたり、透明になっておられたり? して、通り行く人物を影で見過ごしているのです。何も刃物で切り付けて、退治する必要性を感じさせない、可愛らしいいきものばかりです。
私はちょっと行った先で振り返り見て、さっきの出べそのお魚がもう居ないことを確認しました。彼らには彼らの生活があるように思います。
「あっ、ちょっとそこの!」
再び歩き出そうとしたとき、ちょうど目の前を横切るモンスターがいました。
「ん? 何か用ですか?」
おっとっと。彼女はモンスターじゃなく、人間だったようです。
私の目の前で立ち止まったのは、三角巾を被った女の子でした。小首を傾げて私の方を見ています。そして、彼女の手には小ぶりな大根のようなものが幾つも抱えられていました。
「それをどこで?」
「え? あっ、これのこと?」
大根をちょっと揺さぶって示します。私はうんうんと頷いて答えると、
「あっちに八百屋さんがあるので、そこでもらう事が出来ますよ」
とっても優しい女の子でした。彼女が来た方を指さして道を説明してくれます。ひとしきり説明を終えてから、彼女は私のことをまじまじと見つめてきました。どこかで見たような……とか言いそうに凝視です。
「あのー。どうかしましたか……」
「村長の娘さん? ですよね?」
ぎくりとなります。
「だとしたら……?」
「やっぱり!」
あれれ、ミステイク。彼女は抱えていた大根をばらばらと振り落として、私の手をがっしり掴んでぶんぶん振るのです。
「初めまして! 私カンティアーナと言います!」
「どうも初めまして。私は……ご存知の通りです」
ぶんぶん振られる握手はされるがままに、それより地面にばらまかれた大根を横取りしようと、モンスターたちが集まって来るのが横目に見えていました。しかしカンティアーナさんは全く動じていません。
「あの、お野菜が」
「良いんです。もともと彼らにあげようと思っていたので」
「ああそうなんですね」
やっぱり優しい人なんだ。早くも私たちを取り囲むようにしてすごい数のモンスターがやって来ています。まるで私たちが狙われているみたいな光景になっています。カンティアーナさんはいつまでもこの手を離してはくれません。
「……タベル……オナカ……スイタ……オソウ……」
大根のようなお野菜に集りながらも、モンスターたちのキラリと光る眼は私たちに向いているような気がしました。もっと大根をよこせということでしょうか。それとも、お前の肉もよこせということでしょうか。いずれにしたってちょっと状況がよろしくない感じ。けれどもカンティアーナさんは全然手を離してくれない。ので、そろそろもがきながら。
「お、襲うって言ってるんですけど!?」
「えっ、あの子たちの声が聞こえるんですか?!」
ピンチです。でも、ピンチはもう一つ。
気が付くと私たちの足元に光が灯っているのでした。私たちと言いますか、カンティアーナさんの足元から光が出ていて、輪の形で徐々に大きく広がる中に、私の足も包みこんでいるようです。
……この感じ。ちょっくら危機感を覚えていて、この場から離れようとしたのですが、彼女の握力が死ぬほど強くてピクリともしません。
「くっ、ちょっ、離してぇぇえ……!」
私の願いは届かずに、光の輪が高速で広がると森の中に突風を巻き起こしました。足元から吹き上がる風で、スカートがめくれ上がります。
「いやだ! いやだったら!!!!」
子供が駄々をこねるようにしていたら、まもなくして静かになりました。カンティアーナさんも私の手を離してくれます。私は強くつむっていた目をおそるおそる開けて、周りの状況を急いで確認しました。
「私これからベロニカのところに行くんです。食材は用意しておきますね」
スカートの乱れを直しながら、今いる世界がどの世界線なのか重要視しなくては。
と、目の前の林の奥で、ポフロンたちが一列に縦断。歌を歌いながら行くのが見えました。藁籠の中には私の作ったジャム。服も空の色も変わっていません。
「たぶん……たぶん、大丈夫です……よね。たぶん……」
「もうすぐ暗くなってしまいますよー! こっちですよー!」
いつのまにか居なくなっていたカンティアーナさんが、遠くの方から私に手を振っていました。遅れを取ってしまったら本当に迷子になりかねないので、急いで立ち上がり、彼女について行きます。
そういえば光が消えた後、大根がどこにも無くなっていて、モンスターがどこにも居なくなっていたんですけど、それはもう聞くタイミングを逃してしまったんです。
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