第4話
「策があるのですか? まさか、これまでの道を把握しているとか?!」
「いや、策は無い」
「ですよね……」
絶望的でしかありません。分岐って言ったって、どれもY字のように綺麗に枝分かれしている訳ではありませんからね。戻ろうったって困難な話ですよ。
「行き倒れですね。人ん家で」
「まあ、俺に任せろ」
「よくもそんなポジティブでいられますね」
言いながら、勇者だからか……って気付くのです。
主人公というのは『持ってる』人物だとは私は思うのです。だってどんな逆境にも数々の奇跡を起こして必ずハッピーエンドを作り出すじゃないですか。私だって物語を書く時には、主人公が頑張ってくれるだろうと思って、すさまじいどん底を用意するんです。努力と周りの助け、そして主人公が持つ奇跡の力で万事解決。そういう事がこの勇者にだって出来るんだと思います。じゃないと、こんな風のない洞窟内で、舐めた指を空中に晒し進もうなんて正気の沙汰ではありませんしね。
「ん。こっちだな」
それをどうするのか無意識に見守ってしまいました。ズボンの裾でにじにじして拭った指を、まっすぐの道へ指しました。
「いくぞ」
「あ、はい……」
男の子ってそういうところ、ありますよね。色んな意味で。
しかしまあ。
「さすが主人公。あっさり到着してしまうとは……」
恐るべし。恐るべし。男性というのは空間管理能力が高くって地図の把握が上手だとか何とか聞いたことがあります。まさか、こんなポンコツ勇者もどきにも、そんな基礎能力が備え付けられていたとは…。正直見くびっておりました。
「俺のカンが当たらないわけがないだろう」
鼻高々の勇者でしたが、そのふやけた指はあんまり意味をなさなかったと思うので、軽蔑の目を向けとくだけにしておきます。その、しゃぶりしゃぶりした指をズボンの裾でにぎにぎしていたのを、私はばっちり見てしまいましたからね…!
「あんまり私の近くを歩かないで下さいね」
行き止まりとなったここに、片手扉がありました。郵便ボックスにインターホンまであります。ほんと、世界観どうなっているんでしょ。郵便を届けるのにこんな長い道のり毎回行くのは気の毒になります。
私はそのインターホンを押して待ちました。『ピンポーン』と、よく聞くような、私には懐かしいような音が鳴り、しばらく静寂になります。
その間、勇者は宅配ボックスを勝手に開けておりました。
「ダメですよ人のものを勝手に見ちゃ」
とか言いながら、私も一緒に中を覗いたりして。
小さい段ボールがすっぽり入っていて、ブックサイズの包みが隙間に挟み込まれています。これらを取り出すのはなかなか順序良くしないと難しそうでした。
インターホンを押しても誰も出ないので、もう一度押してみます。そのあともう一度。もう一度。
いったん帰ったかと見せかけて、最後のもう一押し。
ピーン……。
音が途切れました。それ以降はインターホンを鳴らしても音が鳴らなくなり居留守確定。住人はインターホンのスイッチを切ったみたいです。
さすれば強硬手段にかかります。
私と勇者は扉を力の限り叩きまくります。
「ねえ! いるんでしょう! 出てきてください!」
「おい! 出てこいや! 貸した金返してもらおーか!?」
「……あの、関西の方ですか?」
「カンサイ?」
そうだやっぱり。この勇者は私が転生したことを一切も聞いていないみたいですね。まあ、それならそれのほうが色々有利かもしれません。
「何でもないです。……おーい! 扉を開けて下さーい!」
呼びかけても押しても引いてもダメみたいです。実はこの扉、引き戸の可能性は……ありませんでした。
「鍵が掛けられているんですね」
「仕方ない」
勇者が扉の前にずいっと踏み出します。
「何を!?」
次の瞬間、勇者が扉に手をかざすとモヤモヤが現れました。黒紫で闇闇しいモヤモヤは、勇者の身体と勇者の腕を包み、次第に扉をも包みこみます。
「魔法!?」
「我が呼び起こし闇の――よ。――の――を集わせ、我は――を――せん。ここに今――せすは――の――。解き放つのだ。我が力の――たる――そして――する――である! ――――――!!!」
電波が無くても魔法は使えるんだ……。
放心していたので、大事なところを聞きそびれました。
「すみません、なんですって?」
「あああああ、だからあああ!!」
闇闇しいモヤモヤが爆発みたいに弾けて消えると、カチャンという音と共に、閉じていた扉が勝手に開きました。ひどく困憊している勇者は息をハアハアさせながら、見るに堪えないような様子でした。が、お構いなく、
「大丈夫ですか?」
「……力を抑えるのは大変なんだな」
抑える? ああ、呪文を唱える間の待ち時間のことかしらん。
「レベル上げが足りん……」
「ははは。大変ですね。入りましょう」
「おい待てよ!」
カギを開ける魔法とか聞いたことがありません。どこの魔法学校の生徒なんですか。
私に続いて勇者もあとに続きます。
玄関といわれるところがタイルであり、そこで靴を脱いでフローリングを行きます。ちゃんとここは家の中って感じでした。人二人分幅の廊下が続きますが、片面は段ボールが天井まで積まれているので、細い廊下になっています。照明が半分隠されていますけど、まだ明るい範囲内でした。
「またドアが」
開くと部屋でした。
「お」
「ん?」
私ともう一人の声が同時で、後から勇者が覗き見て、
「あ」
私と勇者、それから一人の女の子と顔を合わしたのです。
「どうも」
「ん」
私が会釈をすると、女の子も私に会釈をしました。
顔だけで振り向いてもらっているので、この時点では飛び入りの客人を歓迎してもらえているかどうかは分かりません。暖かくない視線である事は確かだと思います。挨拶はそれ以上のものにはならず、女の子はすぐにディスプレイの方に顔を戻してしまうのでした。
「ごめん、ちょっと親フラだった。今行く」
落ち着いた声で言います。キーボードとマウスを起用に動かしております。
王様から聞いた情報では、彼女は私と近い歳だっと思いますが、思っていたよりもずっと幼い顔立ちに見えました。まだまだ制服を着てもいけちゃう見た目でありました。彼女を見た瞬間、ただちに王様の顔が浮かんだのは、彼女の容姿が金髪ツインテールだったからでしょう。とんでもない連想を植え付けられたものです。
「右来てる。……わかった、じゃあ一旦回ろう」
お話をしようにも彼女はヘッドフォンをしているせいで、私の呼びかけは全て届きません。ヘッドフォンから銃声や爆発音が音漏れ出ていますから、いくら大声を出したとしても今は無理みたいです。ディプレイの映像を覗き見ますと、銃や爆弾を使って生存戦争をするゲームをプレイ中のようですね。
私も以前の世界でそのようなゲームをかじったことがあります。まさか当この世界において、電子機器はおろか殺人描写を含むやり取りが存在していたなんて、開いた口がふさがりません。それもそれも『親フラ』というのはネット用語であって、まさかまさかこのヨーロッパチックな世界観で聞けるなんて思いもしませんでした。いや、聞けるなんてあってはならない事です絶対!
……でも妙ななつかしさといいますか、実家のような心地でした。
私と勇者は勝手にですが適当なところに座らせて頂きました。座布団は一つしかないので勇者にお譲りし、私は床板の上で正座です。彼女は今取り込み中ですので、ある時を待つべくして見守ります。
とか言って本当は、他所の部屋の中をじろじろ見たりなんかもします。
一人暮らしの引きこもりの部屋と聞くからどんなものかと思いきや、意外と汚くはないようで安心しました。埃は大目に見るとして、ゴミはちゃんと決まった曜日に出せているのだと思います。まさかこの方にゴミという概念すらなくて、全部を丸のみしてしまう怪物であるというのも考えられなくはないです。けどおおよそ今までの流れですと、この方も普通に人間か、普通に神様かのどちらかなんでしょう。
家具はベッドと本棚とパソコン機器だけで、女の子の部屋にしてはかなりシンプルにまとまっています。ぬいぐるみを飾ったり、観葉植物を育てたり、はたまた好きなアイドルのポスターを飾ったりとか、そういうものは興味が無いんでしょうか。失礼ながら、ビジネスホテルに似ていると思いました。
けれども本棚の中だけは別格のよう。漫画や雑誌やイラスト集がぱんぱんに詰め込まれていて、どれもまあマニアックなものばかりタイトルされております。私と勇者とで目が合うとちょっと気まずくなるような内容で、たとえばですか? たとえばそうですね――
「ぬあー。やられたわ¬ー」
やる気なく言う声に救われました。危うく年齢制限を設けねばならぬところ。
「んじゃ、ちょい離脱」
彼女の一言に、私の背筋がしゃきりと伸びます。彼女がヘッドフォンを外した今、声をかけるチャンスがやって参りました。ちゃんとお喋りをしましょう!
なのに。勇者はそわそわしたままで口を開こうとしません。察するに、初めて女の子の部屋に入って何をどうしたらいいのか分からない。でもなんか良いにおいだけすごいから、クンクン嗅ぎまくとこ。って感じでした……。んんん……叱れません。
男の子って謎いです。
「あの、お話良いですか?」
「ああ、まだいたんだ」
彼女は私を振り返ってすごく驚いた顔をしながら、声は落ち着いて言いました。びっくりし過ぎて反応が薄くなってしまう。この現象と一致しております。
「王様から様子を見に来るようにと言われてやって来ました」
「あやや、これはお疲れさん」
「ああ……どうも?」
労いのお言葉と一礼をいただいたので、私も感謝と共に頭を下げました。これって旅館に到着した時の、仲居さんが「お疲れ様でございました~」って言うのと似ているなって思ったのです。
「……」
「……」
……。
「…………」
「…………」
は、話が続きません。
同年代の同性と話すのは苦手中の苦手でした。立場的にも状況的にもたぶん階級的にも彼女の方が上だと思うと、もっともっと話せなくなるのが私です。
「ゆ……」
隣で座ってるだけの奴を指で突きます。
「勇者さんもほら、ご挨拶を!」
「あ、ああ。そうか、そうだったな……えー、初めまして。アスペルラ・タマクルマバソウ・オリエンタリスだ。よろしく」
うわ、久しぶりに聞いた勇者の名前的なやつ。
「アス……?」
「アスペルラ・タマクルマバソウ・オリエンタリス」
これに眉をひくひくさせて苦笑する私と違って、彼女の方はクスクスとお笑いになられました。ちゃんと口元を抑えて笑っているのは貴族系のなごりかもしれません。
「長い。ゆうちゃんで良いでしょ」
「嫌だ。勇者様と呼べ」
「じゃあ、ゆっち」
「貴様ァ……」
お二人の相性が早くもずれ始めます。
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