第3話

「私たちには二人の娘がいます。彼女たちは私たちのもとから離れて暮らしているのですが、長女の方が少し問題があって……ちょっと様子を見て来てもらいたいのよ」

「長女さんの問題って?」

 私の質問に王妃様は困り顔になりました。

「これを見てもらえるかしら。監視カメラなんだけど」

「監視カメラですか」

 これまた世界観に似合わないものを引き出してきました。

 王妃様が指をパチンち鳴らすと、何も無かった空間にモニターが現れました。その瞬間、あ、この王妃様もただ者じゃない系だ。と、私は察し、勇者の方は抗体がありませんから「すっげえ!」と大盛り上がりです。

 現れたモニターをよく見てみますが、何を映しているのかよくわかりません。

「まっくろですけど……」

「ちょっと障害があって映らなくなってしまったの」

「障害……? 電子回路とかの部分では無いですよね、これ。映像は普通に映っているけど何かが邪魔してるんじゃないですか?」

「うーん、機械の事はよく分からないから」

 さっきから一向に口を挟まない王様に目をやりますと、はっと気づいたように目を合わせてから、ふるふると首を振ってきました。

 機械の事はムリムリ?

 俺は関係ナイナイ?

 ……無骨な拒否反応が妙に気になりますけど、王妃様に詳しい事を聞きましょう。

「長女さんはどちらにお住まいなのですか?」

「傍の洞窟よ」

 洞窟?! 王家の長女さんが住まわれるお宅は、私の想像を超越しておりました。一体どうしてそんな場所を好き好んで住処とするのか。もしかして攫われたのではなくって? とも考えられます。

「二女さんは?」

「さあ……。あの子のことは追及しないって約束で飛び出していったから……」

「あのー。何があったんですか?」

 聞いちゃいました。

「阿呆かお前は。さすがに失礼だろう」

 こんな時ばっかり邪魔されます。勇者に。

 勇者は人の話をじっとして聞けないのだと思います。胡坐をかいて背中を向けている勇者の手にはタブレットがあり、さっきからピコピコと小さな音を立てていました。

 話を聞いていないと思いきや意外に聞いていたりして、ここぞというところだけ発言し全てを掻っ攫っていく。それが勇者というものと言えば、たしかにそういうものかもと錯覚してしまいます。許せないですけどね。

「行けばわかる。そういうことだろう」

 うーんと背伸びをする勇者の、持ち上げるタブレットを私は奪い取りました。変な事をされていないか確認している間に、勇者の方も準備が出来たようです。

「洞窟に行けばいいんだな」

「道はここに表示されていますね」

 初めてのクエスト『ひきこもり長女の救出』に挑みます。ひきこもりって書かれてあるのは、色々匂わせてるような気がするんですけど気にしないことにして、私たちは王様たちに、いってきますの挨拶を済ませました。




 『西の洞窟』という場所に彼女はひきこm――住んでいらっしゃるようです。洞窟っていうと、暗くて空気が薄くて湿っぽくて臭くて、なんか嫌なところのような気がしていました。たしかドキュメンタリーを見た時に、コウモリのフンと黒光り奴まみれとか聞いて、死んでも行きたくない場所認定したはずです。あるいは鍾乳洞。これも洞窟であります。私は鍾乳洞を実際に見た記憶が無くて、秋芳洞に訪れたのが相当昔のことだから忘れちゃってますけど、さぞ素敵なことは分かります。

 一つはコウモリのフンによって猛毒&虫地獄。一つは気が遠くなるほどの年月を重ねて作り出された神秘的世界。同じ洞窟なのに地球って素晴らしいことだ、と思いながら、この場所が地球であるかどうかに首をかしげた私でした。

 で、西の洞窟に到着です。

「以外に近かったですね」

「一本道だったしな」

 町を出たところから洞窟の入り口まで、森林の小道を歩いて参りました。小道のわきには矢印が描かれた看板が洞窟への道を示していたようですが、残念ながら私たちには便利なナビがありますのであまり役には立たず。

一応、分かれ道が現れたら看板を確認し、その看板の示す方向で合っているのかタブレットで確認する、そして進む。という方法を最初は取っていました。看板は親切に正しい道を教えてくれていて、事細かに進路を教えてくれていたので助かりました。

けど途中からはタブレットだけを頼って進みました。

 信憑性があるのはこのタブレットの方です。最初の方は余計な時間を取ってしまいお供として不足があるな、などと考えたものです。

「で、どうする?」

「どうするとは?」

「入るのかよ、これ」

「あー……どうしましょうかねえ、これ」

 これ、すなわち洞窟の入り口。私たちは西の洞窟に迷いなく到着したにも関わらず、こうして見上げる巨大な入り口を前に、なんだか躊躇し嬉しくないのです。

 ドーム型の入り口はリボンとかハートの風船でデコられていました。目がチカチカする装飾には主にピンク系のスパンコールが使われていました。男子はまあ女子の私までもに危険を示しているかのようですが違うのでしょうか。わかりません。

「ああうっ」

 日光がスパンコールに反射し、光が目に入ると肉体的ダメージ小と精神的ダメージ大をくらうことになるのですがそういう罠なのでしょうか。わかりません。

 あんまり直視しない方がよさそうです。

 ここの看板には一言文字が書いてありました。私は読めませんし勇者も読めないので、この看板は意味をなさないのですが、字体がポップっぽいのは分かります。

『ようこそワンダーランドへ』であれば良いのかなと思いながら、

『通行料はお前の命で払うんだな』だったら嫌だなと思いながら、

『チラシ・勧誘お断り』だったら面白いなとか思って一人で眺めていました。

「世界観どうなってるんですか」

 独り言を漏らしたつもりが、勇者は私の言葉にうんうんと頷きます。

 ドア的なものもありませんし、奥へはいきなり質素なランタンで灯されていて炭坑みたいです。入り口だけをこんなに派手にするのはただの趣味とは考えにくいのです。

 極めて謎です。長女さんに会うのが嫌になってきました。

「……結婚式の準備中なのかな、きっと」

 勇者は私の現実逃避を無言で聞き流しました。

「入りましょう」

 私から踏み入れます。

 非常に歩きやすい土の道を行きます。ちょっと肌寒いですけどコウモリはいないし虫もいない。鍾乳洞も無いのですけど、どっちにしろ辛くはない旅路になりそうでした。勇者の方は初めて(?)の洞窟に胸を躍らせているようです。けど彼は何かに怯えてか私より先を歩こうとしないのでした。

 洞窟の中も分かれ道が幾つか現れます。そして看板があって進路を示しているみたいですが、小道の看板とは違って文章で書かれていました。

 そんな時に役立つのはやっぱりこいつです。

「この道は右ですね」

 タブレットさえあれば道を間違えずに行けます。

「ここは左へ」

 またも現れた分かれ道。

「右です」

 その後もタブレットが示すとおりに進み、階段が現れては下に降りて行きました。

またまた現れた分かれ道。三手に分かれていようが大丈夫です。

「ここは」

 タブレットを見ると、おかしなことに二手にしか道が分かれておりません。

 あれれと思ったのは一瞬でして、すぐに察しがつきます。

「どうした?」

「ああ、いや。ちょっと待ってくださいね、間違ったページを開けちゃって」

 言いながら私は手元を勇者から隠します。

 タブレットの地図は二手の分岐を現在位置にして、矢印が動かなくなっていました。まさかと思って操作すると、やっぱり電波が一切届いていません。階段を下りながら、いつのまにか更新が止まってしまったらしいのです。

 いや、逆算すればまだ何とかなるかもしれません。私は密かに頭をフルに稼働させました。

 今いる三分岐点がこの位置だと思うので、ひとつ、ふたつ、戻ったらタブレットの現在位置と一致します。なんだ二つ戻れば何とかなりそうじゃないですか。かなり簡単だった。

「待って、二つ?」

「ん?」

 ……いや、ちょっと待ってください。ここまでの道のり大分くねくね分岐を越えてきました。二つや三つどころじゃないはずです。

 タブレットの現在位置をこう進んだ場合、それをさらにこう、こう、行けば……新たな三分岐点が。いやいや、もしもここをこうでなくて、こう行って次をこう行ったなら新たな三分岐点がある……。えっ、嘘でしょこっちにも三分岐点が……!

「何か問題か?」

「ちょっと黙っててください!」

 考えれば考えるほど頭がごちゃごちゃになりました。自分が通って来た道をいちいち覚えていませんし、いま頭を回転させたことによって、これまでの右や左も忘れちゃいました。

 つまり要約すると、①分岐点は幾つもある。②私たちは何処に居るのか分からない。③これから先はどこに向かえばいいのか分からない。ということになりますな。

「ごめんなさい」

 私は素直に謝ります。そもそも私って文系ですから、こういうのって大の苦手でした。

 勇者は私に「阿呆!」とお叱りになります。その通りでした。私は何割の表記がいまいちピンと来ないぐらいに阿呆なんですから、勇者様は正しいのです。

「仕方ない、ここからは俺に任せろ」

 勇者は男らしいことを言いました。

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