第2話
「は? 女たち? え?」
ぽかんとする人間は私だけのようでした。勇者はとにかく今の状況に不満があるようで、私の隣で身をよじっています。出来たら当事者は話題に参加してもらいたいので「ちょっと!」と声だけかけてみますけど、それどころじゃないみたい。
私たちは悲しくも縄でぐるぐるに縛られた、ミノムシ同様の姿で捕らえられています。縄を解きたい勇者は悪戦苦闘の末バランスを崩して、ごてっと横倒れされました。それがあまりにも滑稽で、ぷふっ、となりたいところを堪えているのはギャラリーのせいです。お城の偉い人なのか知りませんけど、私たちのあさましい姿を観覧すべく集まったのでしょう。段差のある位置から私たちを見下ろして、超冷たい目線で刺しまくって来ます。
そんで、とどめはステンドガラスに描かれた聖母マリア的な女神。彼女はいつでも私の心に隙入るタイミングを見張っているかのように思えました。『罪を認めて懺悔しなさい』と。
よって、一ミリも、下手なこと、出来ません。
絶体絶命でございます。
台座にどっかり座っていらっしゃる王様も、冷酷な目で私たちを見下ろしていました。たいそうお怒りなのは、足のゆすりが意味深なので私は震えております。
事の発端を聞くと、勇者はヒロイン欲しさに町中の召した女性に声をかけて回っていたとのこと。被害届がお城の方に届き、こんなエロ勇者は死刑だーと言い出すおつもりです。たぶん。
でも私は、勇者がナンパしているところなんて見た事がありません。むしろ、レベル上げしかしていないのにこんな事っておかしいです。
「勇者はそんなことするはずがありません!」
っていうか、してほしくありません。お願いします神様。今のところ信憑性は王様の方が上だけど、私は勇者がナンパなどしていないと良いなって思います。勇者を死なせたりしたら私は元の世界に帰らないといけませんから、それだけはどうかご勘弁をって思います。
王様の見た目は、白髭をまるでサンタクロースのように濛々と生やしているおじい様で、私だけは初対面時にどこかで見覚えのあるなって思っていました。この方の正体は実は例の神様なんじゃないか。神様だったりして。神様だったらいいな……いいのにな……。目配せをしても動じませんでしたので、助けて本物の神!
ステンドガラス女神がわずかに微笑んだかのように見えました。
一向に話を聞かない勇者に「なんとか言ってください!」と、拍車をかけて蹴りました。私もバランスを崩して横転し、二人であわわしてる姿は喜劇さながら。誰一人くすりともしませんけど。
「おいっ、放せよ! 俺が一体何したって言うんだよ!」
「お前は町の女たちに手を出したのだ」
「声かけただけだろ! 手は出してない!」
「では聞くが、何を吹き込んでいた? 企みがあったのだろう」
「俺はヒロインが欲しかっただけだ!」
勇者は王様に向かって吼えるかのごとく言いました。これにぽかんとする人間は私だけではありません。
「いいから、はーなーせーよっ!」
取り囲んでいる偉い方々がざわざわとしました。当然です。けれども王様だけは静かに鎮座し、私たちを高いところから見下ろして唸っておりました。
「ほう……」
足のゆすりがぴったり止まっている。これはどっち? どっちの「ほう……」なの?! 私がすべきことは勇者を死なせない事です。が、今とてもタブレットをカンニングできる状況にありません。応用力が試される時です。
「王様! 私から提案があります! ここは一度勇者の愚行を無しにして、もう一度チャンスを与えてみるのはどうでしょうか!」
「チャンスとな?」
「た、例えばですね、クエストを貸せてその力量を測ってみるのはいかがでしょうか! そしたら自ずと勇者の方も、自分の役目を全うして――」
「――その必要はない」
私を制したのは王様ではなく勇者でした。
「俺は勇者だ。旅をして強くなって魔王を倒す。だがそれと同じくらい必要なことがあるだろ。それはつまりヒロイン。勇者とヒロインは絶対的に無しでは物語を進めることが出来ない。俺のピンチを救ってくれ、俺はヒロインのピンチで強くなる。ただのナンパと勘違いしてもらっちゃ困るんだよ!」
勇者の熱弁に誰もが聞き入り、しんとなりました。「……なんと?」「なんぱ?」「なんぱん? 何と言ったか?」とか言うざわざわも少し起こりました。それより私の図ろうとしたテコ入れが台無しになったことが衝撃的で、私はひとり頭を抱えました。
いつの間にか凛々しく起立している勇者に、縄解きのスキルなんて存在自体無いはずなのに、どんな魔法を使えたというんですかこの状況で。私がこの身をくねらせてアピールしても、一切見向きもしませんこの男。
もう全てが終わったと思います。
苦し紛れのテコ入れも、苦しすぎるものでした。
「うむ。分かるぞ」
え?
「ヒロインが好みで手に取ることもある。いや、大いにある。ほとんどそれだ」
「王様、あなたもですか」
「ああ勇者。大したものだ」
夢を見ているのか、交わす言葉のあとでギャラリーたちが拍手を送り始めました。次第に大きくなる拍手に飲まれ、私はこの目で王様と勇者が握手を交わす光景を目にします。
本当に夢かと。ていうかこの世界こそが夢だと決めたのに、これはどういうことなのでしょうか。素直に混乱しますって。
……というわけで一件落着。
ギャラリーたちは満足そうに語り合いながら去りました。
「私はそうだな……黒髪ロングか、いや……金髪で幼女がよいかなぁ」
「なるほど、王様だけに王道ってわけですね」
「はっはっはっは。上手く言いおるわ。お前の方はどうだ?」
「俺はやっぱり亜人一択。特にエルフは憧れる」
「うーむ、奴ら見た目は良いが、この世界では少々気荒であるぞ?」
「いやいや、そこがいいんだろ」
縄を解いてもらっている間、男二人は頬を赤くさせながらそんな会話に花を咲かせていました。どうやら男同士の友情が芽生えてしまったようです。ロマンは世代も地位をも超えるのですな。勉強になります。
ところで、お二人が談話しているのを傍観している私は、王様の秘密を目撃してしまいました。男二人でどんなキャラが好みかのという話を、ある冊子を見ながらああだこうだ進められているんですけど、その冊子、王様が何もないところから取り出したのです。
「こんなものいつも持ち歩いてんのか?」
「まあ王であるから常に把握しておかんとな」
なんて言い、勇者もすっかり信じていましたけど、その所業はまるで神業でした。サンタクロースの時と全く同じです。この王様、たぶん神様組織の人なんだと私は確信いたしました。ただし、王様の方はそれこそ私自身にだいぶ興味が無いのでしょう。黒髪ロングも金髪幼女でもない私が素性に気付いたところでも、一ミリも目を合わせてくれないからです。
縄が無くなって手足が動かせると落ち着きます。やっぱり人間は自由でないとダメですわ。腕を肩からぐるぐる回してから、返却されたタブレットを確認します。
ぽふぁん。
クリア率はマイナス三十パーセント。レベルが上がったからちょっとは進んだのでしょうか。でも相変わらずのマイナスであることは変わりありません。
「あのー、早くクエストもらって先に進みませんかー?」
目的は『王様からクエストをもらう』のところで止まったまま。お城に入ってから、かれこれ二時間くらいロスしております。
別に、勇者と王様がマブダチになって仲良く暮らしましたとさ、ちゃんちゃん。でも良いんですけど、この先の人物が首を長くして待ってるかと思うと、ちょっと可哀そうになってきたりするんですよね。
そもそもお城に行くまでに二日、三日ロスしているし、数時間のロスくらいどうってことないか……とかも思う頭に鞭を打って、頑張ろうとしている勇者案内係なのだから、
「ちょっと、無視しないでくださーい?」
「まあ待て。今更急ぐ必要もないだろ」
「いやまあ、そうですよ……それはそうなんですけど、そうじゃないだろって話ですよ」
私と勇者の意見はぴったり一致していますけど、私の方は心を鬼にします。
タブレットを操作。
イベントタブを開いて、ちょちょっといじって差し上げれば……時間差を置いて、扉の方からノックがかかりました。
「入りますよ」
と、声もかかって姿を見せたのは、王様の奥さんである王妃様でした。
王妃様の登場に、王様も勇者も驚いたようでした。特に勇者の方は、王妃様の美しさに口が開いたままになっています。私は密かにほくそ笑んで見守っていましょう。
「王様、何のお話をされていたのですか?」
「お? おー、まあ男同士の……旅の話よ」
くすくすと王妃様は笑いました。王様のドギマギした姿に私の方もニヤニヤが止まりません。男二人で眺めていたあの冊子。あれは奥さんには内緒にしたい内容だったのでしょうね。いつのまにやらどこかに仕舞ったようです。
「あなたが勇者様ですね」
「は、はひ!」
王妃様は「うふっ」とほほ笑みます。
「そう緊張なさらないで。あなたがここに来てくれて助かったのよ」
「助かった?」
「あら。王様から聞いていないの?」
私の思惑通り、本題に入りそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます