ヒロイン探しから、もしかしたら転生生活終了

第1話

 朝の出発は早朝……過ぎて出鼻をくじかれました。初めての町に着いてから、勇者の目的はお城で王様と面会をする事。そして王様の出すクエストをクリアして攻略していく。タブレットによるとそういう流れなのですが、朝が早すぎて王様がまだ起床していないらしいのです。

「仕方ないですよ、出直しましょうって」

「何を今更、こんなところで引けるものか!」

「いや、ここってそんなに頑固になるところじゃないですって」

 お城の兵士にたてついた勇者が、門前払いも良いとこフルボッコにされている最中です。大人として恥ずかしいのでやめなさいよと言っても、この男ぜんぜん話を聞かないんです。

「兵士さんも大人として、その手を離して下さい!」

 兵士さんには私の声が届いたようで、勇者の胸ぐらを離しました。ってか、勇者の胸ぐらをつかみ上げるお城の兵士さんってどんな絵ですか。両者とも世間体を意識して行動してください。

 町の広場では朝市の準備が進められております。早いところでは台の上にフルーツを並べ始めていますが、ほとんどのところは簡易テントを張ろうとするところです。私も昨日の夜更かしのせいで大あくび。ずいずい先を行く勇者を追うのに必死でした。

「急にやる気を出してどうしたんですか?」

 おとといの朝は私よりもお寝坊さんだったのに、今日は立場が逆転。私は剣の柄を使って物理的に叩き起こされての起床でした。

 せかせか歩く勇者は私を振り返りもせずに答えます。

「いいからレベル上げだ」

「これ以上なぜレベルを上げる必要がありますか。今のレベルだと次の城にも十分だとおもいますよ?」

「俺はサクサク進めたいんだ」

 はあ、そうですか。その割に、勇者は市場を隅から隅まで見ていくではありませんか。

 私も町の市場は初めてですし、スルーされるよりかはましかと思い、勇者の後ろに引っ付いて市場を見て行きます。

「おや勇者様だね! これ、食べてくかい?」

「俺は異世界の食べ物は好かん。だがこれも修業か。ひとつ貰おう」

 私も食べた事のない焼き立てのものを、ほふほふ頬張りながら勇者は歩きます。その焼き立てのものが気になるので覗き見たりして、一口くれたらいいのになって思ったのに一口もくれませんで飲み込まれました。

「勇者さまじゃないか。旅のお供にこいつを持っていきな」

「ふん、その必要はない。だがお前の誠意は受け取ってやろう」

 と、言いながら、何やらの守り石を右手首に込めました。朝っぱらから骨を抜かれるような音が鳴ると共に、早速タブレットにその装備の情報が乗りました。

 行商人から貰える『気まぐれなお守り』です。気まぐれな行商人が気まぐれで訪れた市場にて、気まぐれに精錬されたブレスレットを気まぐれに旅人に差し上げたりするらしいです。効果は、気まぐれに運気を上げてくれるみたいです。

「こいつはもう俺の一部だからな」

 子を愛でるように撫でるそのクソアクセを、勇者はたいそう気に入ったようです。一度装備すると死ぬまで外せなくなる呪い付き装備ってのがあるゲームにはあったりするんですが、どうやらこの装備もそのたぐい。

「よかったですね、それ、めっちゃレアアクセですよ」

「だろ?」

 私は勇者のスキップを白い目で見ながら言いました。

新しい町に興奮している様子なのが全身から溢れ出ていて、何だかこちらが恥ずかしい気持ちになりました。半分他人のふりをしながら歩いても、私たちの事は有名なので誰しもが声をかけてきます。

「はやくレベル上げに行きましょう?」

「おっ、やる気だな」

 ……うーん、もうそれで良いですわ。

 私は勇者の尻を叩きながら(実際には指先でさえ触れない)木漏れ日の森に向かいました。


 ポフロンの皮をそれはもう沢山ゲットしました。ベアベアモドキはあれ以来登場しません。鍛冶屋さんによれば、彼らは負の感情を感知して集まって来るみたいです。もしも彼らに遭遇したならばすぐさま逃げるのが鉄則だそう。負の感情の共鳴で道連れにされ、しまいに抜け出せなくなるぞと脅されました。精神的に攻撃してくるなんて恐ろしいモンスターです。関係ない話ですけど女子ってそういうとこありますよね、なんて内心思いました。

 勇者はモンスターを狩るのが大好きです。まるでスポーツみたいにいい汗流しながら剣を振り回します。そして陽が沈むまで続けられました。

 ベッドで横になりながら私は溜め息をつきます。勇者のレベルは十四。これはまじで上がり過ぎです。普通は六ぐらいで良いのに二倍以上。

 まあ、居眠りをしてしまった私がいけないんですかね。石の上で横になると、お日様に宛てられてポカポカ。風に揺れた木の葉がサワサワ。眠り姫にでもなれたみたいにずっと寝てしまいました。

「明日もレベル上げだ」

「ええ、明日もお昼寝を……」

 私たちは燭台の火を吹き消して眠りにつきました。そして翌日の朝は例によって私は物理的に叩き起こされます。市場を抜けて木漏れ日の森でポフロンを狩る狩る狩る。私は少し離れたところで寝る寝る寝る。

 そういえば、私ってたぶん村長の娘でモブだからか、モンスターに敵意を向けられることが無いみたいです。すれ違っても、普通に「こんにちは~」「ゴキゲンヨ~」みたいな感じです。草木のざわめきが静まると勇者の戦う声が聞こえてきますけど、こちらではポフロンたちが草冠を作ったりして遊んでいるところに混ざったりします。

「明日もレベル上げだ」

「ええ、私もお遊びを……」

 燭台の火を吹き消して眠りにつき、そして翌日の朝は例によって私は物理的に叩き起こされる。この運動が永遠に続けられても私的には何ら差し支えないんですけど、

「って、それではいけないでしょう!?」

「でかい声をいきなり出すな」

 剣の手入れをしている勇者が肩をびくりとさせました。そのせいで指を切ってしまったらしく、自ら回復魔法を指先に向けて自己治癒しております。

 その光景に何故か無性に腹が立ちました。

「これ、見て下さい!」

 上着をめくって腰を見せます。殿方に自ら肌を見せる行為が何とやらは、今この際は関係ありません。問題は青あざです。

「内出血です! あなたが毎日荒い事をするからですよ!?」

 訴える私のことをめんどくさそうに見た勇者は、指先を私の腰に向けて光を放つと、青あざは一瞬にして消えました。

「悪かった。自分勝手な行動を許してくれ。レベル上げに付き合ってもらったのに、俺にはこんな事しか出来なくて申し訳ない」

「え……あー、いや。私の方こそ、別にそんな大声で怒ることでもなかったです。こちらこそ、その……ごめんなさい」

「いや俺の未熟さだ。どんな理由であれ、女性に乱暴をして良いわけがない」

 頭を下げる勇者に私はたじたじです。なんやかんやこの男にだって、良いところは持っているということでしょうか。私は彼を許してあげることにしました。


 ……みたいな一面もありました。


「勇者であるな。王様が呼んでいる」

 またレベル上げに行こうとする勇者を引き留めているところに、兵士さんがやってきました。お呼びがかかった私たちは兵士さんと共にお城に直行し、小さな町になぜかある大きなお城の中を思いのほか緊張しながら歩きました。

「……王様って都にいるんじゃないのか?」

「……色々事情があるんでしょう、きっと」

 私たちが私語をすると、兵士さんはゴホンと咳払いで制しました。

 横並びの私たちの前に二人。左右に二人ずつ。後ろに三人。合計九人の兵士に囲まれながら歩いていました。確かに、巨大な柱とか銅像とかレッドカーペットとか、見るもの全部目新しくて触ってみたい衝動に駆られますけど、器物破損を恐れてのことでこんなに人材を引っ張り出してくるはずがありませんよね。

 これはまるで罪人のようです。まさか私たちはこれから何かしらの罪で捉えられるんじゃないか……と、嫌な予感は的中するんです。



「うちの女たちに手を出すとは立場をわきまえての事か。目的があるなら正直に申せ」

 初登場にして王様は仰いました。

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