第6話
「お前は阿呆か。そんな訳の分からない話になんの意味がある」
「だって不思議なことが起こったんですから整理したいじゃないですか。客観的な意見を聞きたいじゃないですか」
「だから客観的な意見をしただろう。お前は阿呆だ。そしてこの話に意味は無い」
「そうじゃなくって、もっと優しく頷いて下さいよ」
「頷くのがお前の求める客観的な意見なのか。随分理想がましいもんだな」
言い返せなくなったのを良い事に、勇者はグラスの中の物をぐっと飲み干します。この人というのは私が外出の間に、人の家でお酒を召し上がっておりました。そして、いつにもまして賢そうな事を言うんです。
「あんまり女をいじめるんじゃないよ」
そこへベロニカさんがやって来ました。両手に酒瓶を掲げて、ふらつく足取りでやって来ました。この方も随分召し上がっているみたいです。
私が手を差し伸べるのも間に合わず、ベロニカさんは倒れるとの見間違うほど大胆にお座りになりました。着陸と言う方が表現的にあっているでしょうか、お尻が痛そうなんですけど、本人はへらへらと笑っています。
「どうしてこんなふうになってるんです?!」
「そりゃあ、酒が美味いからさー」
ベロニカさんが言うと、「そうだー!」と勇者もノリノリです。
二人でお酒を注ぎ合って乾杯してから飲み干すと、二人は同時に「ぷはー!」と幸せそうにしました。いつのまにかかなり仲良くなられたようです。
ベロニカさんが勇者の腕に絡みついてる様子は、あんまり見ていられないものですけれど。とくに開いた胸元から覗くくっきりした谷間とかは、女性である私もチラ見してしまいます……。
「って、違う!」
「んあ?」
「違う違う違う! ベロニカさんじゃない!?」
「は? 何言っちゃってんの?」
咄嗟の行動に私もですけど、勇者の方がびっくりした顔をしました。なにしろ私ったら、勇者の腕に絡みつくベロニカ(仮)を引き剥がして、私の方に勇者を引き寄せちゃったのですから。まるでこの男は私のものよっ、ってするみたいです。
「やだぁ、二人ってデキてるの?」
「違いますよ! あなた、誰ですか!?」
「あんた失礼だなー。ベ、ロ、ニ、カ、ちゃんでーっす!」
「私の知ってるベロニカさんは、金髪幼女なんですけど」
ベロニカさんは首をかしげました。私の言っていることがよく分からないのであれば、金髪幼女という業界単語を知らないという事でしょうか。
「金髪はどうしたんですか?」
「んー。染めたー」
「でも、その……胸とか、顔とか、ずいぶん大人っぽくなって」
「酔っぱらっちゃったから?」
「いやいやいや、それにしてもですよ変わり過ぎじゃないですか」
ベロニカさんはいつまでも「んー」と言うばかりでした。でも、そこで勇者が珍しく補足を与えて下さいます。
「ベロニカは酒を飲むと魔法が使えるらしいが、酔い過ぎると男の好みに合わせて見た目を変えてしまうんだそうだ」
「へえ」
私はしばらく押し黙って考え込みました。やがて、どうでもいいやという境地。
「それは大変そうですね」
言ってから席を立ちました。勇者に触ってしまったのですから、まずは手を洗わなければなりますまい。
「お前も飲むか?」
向けられた酒瓶を無視してキッチンに向かいました。キッチンではカンティアーナさんが夕食の準備を進めております。実は私はベロニカさんに注文を付けられて、夕食を作らなければいけなかったのですが、こうしてカンティアーナさんと偶然出会うことが出来たので任せきりにしてしまいました。本来通りなら、私だって少しは手伝わなければいけませんよね。
「カンティアーナさん、何かお手伝いしますよ?」
ドアを開けると良い香りに包まれておりました。エプロン姿のカンティアーナさんが私に気付き、
「じゃあ、少しだけ手伝って貰おうかしら」
にこやかに言います。
流し台のところで水を出して、汚物に触れてしまった手をしっかり洗いながら、ふと傍にあるザルの中を見てしまいました。
単純に言って息が止まるとはこのことです。
「そのザルを洗って貰えますか?」
「ザル?」
「ええ、それです」
嫌な予感です。私はそのザルを引き目に見て、
「これですか?」
もう一度聞くと、カンティアーナさんはにこやかに頷きました。
ザルを洗うのであれば、まずはこの中身をどこかに移さないといけませんね。どこかにボウルとか大きめのお皿とかがあるはずです。
「そのままだと臭みがあるので、水でよく洗うんです。そしたらめを取り除いて――」
あとはなんとかかんとか下準備と調理方法をカンティアーナさんは言いました。最終「美味しいんですよ~」とおっしゃいます。ここで、私が洗うのはザルでは無くて、ザルの中身の方だとやっぱり決まりでした。
目を逸らしていたけど、もう一度ザルの中を……あんまり見つめるとカチカチ言ってきそうです。これはどう見てもポフロンの皮。大量のこれらを見るのは慣れたはずなんですけどね、実際に触るなんて私にはまだまだ先だと思っていました。私には訪れなければ良いなって思っていました。
「軽くで大丈夫なので」
私は水量を最大にしてから、それを勢いで掴み上げガシガシ洗ってやりました。
「優しくお願いしますね」
と言われるのも返事だけして。気合でガシガシ擦りあげました。擦り洗いしながら、これも勢いでめのところを引きちぎります。全くグロテスクでもありません。感触としては布生地からマジックテープを引き剥がすのと似ているのですが、なんかめちゃくちゃ嫌な気分です。
「……おわりました」
「おおー、早いですね! では――」
「ちょっと、仕事を思い出しました。悪いんですけど離席を」
「あら、そっちを優先して下さいね?」
非常に疲れた私はとぼとぼとキッチンを出ました。それまでに見た光景は恐ろしすぎて誰にも話しませんでした。
あとは勇者とベロニカのいちゃいちゃを耳にしながら、タブレットを使って同じページを行ったり来たりしてただけです。
夕食を四人で囲みます。お二人はお酒に飲まされ続けていますけど、ご飯の方もぱくぱく食べていました。カンティアーナさんはお酒を召し上がらず、皆の分のお代わりを自ら取り分けてあげる女子力が備わった人でした。私は……。
私は、可能な限り夕食を頂いておりましたが、なかなか食欲がわきませんで。
「どんどん食べて下さいね」
と、お椀いっぱいに盛られる炊き込みご飯のようなもの。ひとつひとつの具が、何のどこの部分なのか……考えずに口に運ぶと、不思議と味は悪くないのです。ただし、考えた途端に口の中の物を吐き出したくなるので、よく噛まずに飲み込んでしまうこともしばしば。
何も知らない二人は「美味しい美味しい」言いながら食べておりました。
カンティアーナさんとベロニカさんの関係は姉妹なんだそう。つまり王様が仰った、引きこもりの姉ベロニカさん、そして例のワケアリ妹がカンティアーナさんです。
色んな問題ごとがまだ解明されないままでもどかしい私だったのですが、ついにそのすべてが明かされました。勇者によって。
「ベロニカは女王として王座を引き継ぐことになっていたんだが、本人の性格に合わなくてな。演じていたベロニカ姫は優秀でな、期待され、結婚の話も進んでいたものの限界がきたんだ。ベロニカは学院で良い子でいるのをやめ、上辺だけの友人関係も全て絶って引きこもる。女王としての生き方では無く、自分の生き方を選んだということだ。――そしてカンティアーナはベロニカの一番の理解者だ。そんなベロニカの気持ちを誰よりも早く分かっていた。一時は二人で町を逃げることも考えていたが、カンティアーナは逆に、王様に正々堂々とこう言うんだ。『王座をかけてベロニカと対決をさせて下さい』と。長女が王座を引き継ぐことになっているが、能力を見てどちらが王座に相応しい人物か決定したいということだな。正直、今はカンティアーナよりもベロニカの方が能力値は上だ。それならベロニカが手加減すれば良いと思いきや、この二人の事情と目的は王妃様にバレていた。『――二人には特別な期間が設けられ、その間に好きな事をすること。そして時が満ちればその決闘を執り行う』そう、ベロニカとカンティアーナには告げられたということだ」
ということのようでした。
まさかお二人にそんな大きな問題があったとは驚きでした。それに、私のいない間にこんな密な情報を勇者が知る事になっていたことも、驚きで口をあんぐりとなりました。
「特別な期間と言うのは?」
「カンティアーナの能力値がベロニカに見合うようになったら、だそうだ」
「それって具体的に数値とか出るんですか?」
「いや。何か特別な何かがあるんだろう」
ざっくりしています。けど、王様も王妃様も神様だと思いますから、何か特別な何かがあるんでしょうね。と、ここは納得しておきます。
「入り口のあの装飾は?」
これこれ。一番気になっていたところです。
「忘れた」
「えー、大事なとこなのに」
「忘れたって言ってた」
「ああ。それは仕方ない」
残念だけど諦めます。色々な事情があったみたいなので、あれくらいのイタズラがあっても可笑しくないかもですよね、お姫様ですし。お姫様へのイジメってあれくらい派手でないとやりがいが無いのかもしれませんしね。(無理やりこじ付け)
「これも美味いな!」
勇者が実に感動して食べているそのお魚のお頭。私は横目にそれを見ると、また胃がモゾモゾしてまいりました。不意に頭の中であの可愛らしい出べそが現れます。絶対あれでした。何も知らないでいるっていうのは逆に良い事のような気がしてきます。
「ちょっと、失礼」
限界で。
……。
…………。汚いお話なのに、すっきりしてしまった私。
食卓の方に戻ってきますと、酔っ払いの勇者はおねむのようでした。その場で倒れて目をつぶっています。あのまま寝てしまうつもりなのでしょう。ベロニカさんはまだお食事を続けていらっしゃいます。
私は定位置に戻って目線の置き場所に困りました。カンティアーナさんはキッチンに戻られたみたいで、ここにはベロニカさんと二人きりです。非常に気まずい空気から逃れようと、私はお茶をすすりました。このお茶は自分で淹れたものなので、ほっとする味です。
「味は悪くないから、きっと慣れるよ」
「そうだと良いんですけど……」
土瓶からお代わりを入れている時に、あれれと気付きます。
「食べ物の話ですよね?」
ベロニカさんは、もぐもぐしながら、
「見た目は似ているのに食べるものはまるで違うもんね」
ちょっと不可解なことを言いました。
「……それって食べ物の話ですか?」
「私たちは彼らを狩って食べることもする。けど、あんた達はしないんでしょう? 何なら彼らと話も出来るし、敵意もないしね」
私たち?
あんた達?
食べ物の好み的なお話かと思いきや、ベロニカさんは、完全に二つに分けた種族的なお話をされました。そして『私』と『あんた』は違うという事をはっきりさせ、この場合では私だけが『あんたサイド』ということにも加えて仰いました。
「大変なことは色々あるだろうけど、上手くやれば両方とも仲良くやっていけるさ」
「えっと、上手くやらないと仲良くやっていけないんでしょうか?」
「食べ物、習慣、感性、言葉。彼らと私たちではまるで違うからね。思いがけないところでズレが生じることだってあるよ」
まるでベロニカさんの経験談のような言い草でした。
「モブはモブの生き方。メインはメインの生き方があるってこと」
私の場合は……モブです。これは私が懇願して、神様にそうしてもらったのですから間違いありません。そしてもちろん勇者はメインです。ベロニカさんもカンティアーナさんもメインなのでしょう。
確かに私は、勇者のようにモンスターに対して敵意がありません。彼らの言葉が分かる事もさることながら、ワイワイお酒を交わしている席に参加した身でした。あの時はあの時で怖かったと思いますけど、今はどちらかというとポフロンの皮を食すこの方々の方が怖いという思いも無くは無い。
もしかしたら、モブの立場でありながらメインの方たちと同行するのは、結構アウトローな行いだったりするのかもしれません。だから何だろ……私は結構モブ界では注目されている身だったりするんでしょうか? などと考え込んでいる私の頭に、ベロニカさんがポンと優しく手を置きました。見るとベロニカさんの姿は、また幼い女の子の容姿でお胸も元通りに戻っています。
「上手く勇者を導いてやんな」
「はい!」
何故だか勇気が湧いて参りました。空っぽになったお腹もまたご飯を欲していて、私はテーブルのものを食べ始めます。見た目はかなり悪いですけど、味は普通に美味しいものばかりです。
「飲んでみるかい?」
ベロニカさんが掲げる酒瓶。ラベルは高級そうです。それをお猪口に少し注いでくれたのですが、緑色のスライムみたいな代物でした。粘性の高い液体だとキレが悪くてか、小さなところに注ぐのは難しそうに見えました。
うっすらある記憶で、前にこのような物を口にしたことがあるような気がします。それもあって、私はこのお酒はご遠慮させていただくことに。
ドアが開いてカンティアーナさんが入って来ると、私の前にゼリーを置きました。
「食後のデザートです。どうぞ」
ありがとうございますと言ってからベロニカさんに目配せすると、意外にもお優しいベロニカさん。カンティアーナさんにバレないように、私の分も食べて下さいました。
……今日はちょっと無理をし過ぎたみたいです。そうめんのような物体が閉じ込められた真っ赤色のゼリーの中、出口を探してさまよう夢を見てしまいました。
確かにベロニカさんの言う通り。モブはモブの生き方をまっとうした方がよく眠れそうな気がしました。
あの…私は転生しても何もしたくないんですが。いえいえ、帰りたいとかでは無いんですよ。畑いじりとお菓子作りだけさせてもらえれば…。 夏帆 @mitanekonnbu
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