第7話
私は一人で歩く町並みに心躍っておりました。夜のパブでお酒を楽しむ人を横目に、石畳の緩やかな坂を下っております。村の夜の景色とはまるで違い、煌々と灯るランタンや提灯でずいぶんと華やかです。この町はまだまだ眠らなそう。
勇者は新しい剣と二人でお出掛け後、たいそういい汗をかいて帰ってきました。匂いが酷いのですぐさま宿に直行してお風呂に投げ入れ、今は石のように眠ったところです。勇者が返ってくるとタブレットが反応しましたから見てみると、レベルがまた三つほど上がったようでした。新しい技もまた覚えたようで凄まじい成長に引きます。
私は……黒マントの人物が教えて下さった、モンスター御用達のパブに足を運ばせているところです。まさかそんな場所に殺人鬼(勇者のこと)を引き入れるわけにはいきません。私一人での行動になりました。
「たしかこの辺りだと思うんですけど」
独り言を垂らしながら、目印のもみの木までやって来ました。その後は水路がどうとか言われた気がする……と、塀の脇にかがんで通れるくらいのトンネルがございます。
まさか、これですかと私は困惑。だって振り向いたら通りに面していて、町の人達が良き通っています。私、酔っ払いと間違われたくない!
かくなる上は下手な芝居を打ちます。
「おいで~。出ておいで~。あっ、そっちじゃないよ~、もう仕方ないなぁ……」
飼い猫がそっちの方に逃げちゃったもんだから仕方ない。私はかがんで通れる程の小さなトンネルをくぐりました。私が異様を放ったせいである程度の目線はあったものの、見事難関をクリアできたわけでした。めでたし。
「よいしょっと」
大人になってからはあんまりしない動きに腰をさすりました。その場に立ち上がると、足元に石の飛び石が続いておりました。金魚鉢をひっくり返して電球を込めたような電灯も、私をこの先へ誘っているようで、これを辿って行けば到着の予感がしました。
しっとりとした夜の雰囲気。隠れ家の庭的な道を私はドキドキしながら進んでおりますと、地下へと降りる階段とその先に扉、看板で行き止まります。おそらくここで間違いないでしょう。
看板の文字は例の通りに読めません。けれども角字のスタイリッシュな字体で、お店の名前が書かれているのでしょう、お洒落そうな雰囲気だけはぷんぷん致します。
ドアを開けるのがどれほど緊張するか想像できますでしょうか。モンスター御用達のお洒落パブ。しかも地下扉。私は前世でもお酒を好んでたしなむような人間じゃなかったのですけど、上手くやっていけますか。やっていける自信はありませんよ、決して。はぁぁあ。
怖いけど、恐ろしく軽い扉を開けました。
中は夜よりも薄暗く、明るいところは紫色でした。
「いらっしゃいませ~」
カウンター越しからバーテンダー的な方が私に言いました。ファーストコンタクトから出ました。一つ目ウサギです。仁王立ちなのか目線があっていて、手ではカップを拭いています。
私は今にも倒れそうなのを我慢して、
「ひとりなんですが」
人差し指を提示してみましたが、このお作法であっているのか分かりません。よくよく考えるまでもなく、異世界の飲食店ってメネシアさんのレストランしか知らないのです。この人差し指提示がもしも、こちらの世界でのピー的ジェスチャーだったらどうしましょ。しかしもう遅いのです。
バーテンダー的な方は私に対して、怪訝な顔になりました。上へ伸びた耳をぴくぴく動かして、私をじっと見つめています。私は、あの耳から宇宙の本部へ連絡を取っているのだと思い込ませて恐怖に堪えております。
「見慣れない顔だねお客さん。あんたまさか人間じゃないのかい」
「にー……人間ですかぁ?」
やっばいです。それ以上言葉が出てきません。カウンターでお酒をたしなんでいる水色の奴と黄色の奴が、こちらを振り返りました。ボックス席では桃色の奴が私を見ています。あちらでは茶色の……ポフロンだ! ポフロンさんが歯をカチカチやってます。あれは恐怖で震えてるんですか、それとも威嚇ですか。
「人間?」
「人間とは……」
「おい、人間がいるって」
「人間だと? 馬鹿なことを言うな」
視界にいるモンスターさん達と目が合い、それぞれ「人間」と口にするのが大いに聞こえましたので、私は完全に場違いのようでオドオドを隠すのがだんだん難しく・・・。
「あれ! あの子! 木漏れ日の森におった奴やん!」
その中、ポフロン一家の中で声が上がりました。とは言いましても、全員おんなじ顔で個性もあまりありませんから、私の方はピンときません。
「ああー! あの時の! あの時はありがとうございました!」
ここは一応、話に合わせて、私は彼らにへこへこしてみました。家族なのでしょうか、仲間なのでしょうか、彼らは六匹ぐらいで輪になって、何を飲んでいるのでしょうか、グラスを私に掲げてくれます。それを安易に受け取って良いのか分からずに立ち尽くして微笑。彼らの目は鋭い目つきなので判断しにくいのです。私のことは歓迎……さしてい……る?
「モフっち知り合いなのー?」
「せやせや。勇者が来たやろ? あいつがうちんとこのチビをヤってな~」
「あらそうなのー。それは大変だったねー」
「ほんまやで、この忙しい時に堪忍してほしいわぁ」
ポフロンさんをモフっちと呼ぶカウンターのモンスターさんとで成される会話。私の方はにこにこして聞ける内容ではありませんけど、一応苦笑いでこちらも大人の反応だけはしておきました。
「ねーちゃんこっちおいでやー。一緒に飲もー」
ポフロン一同の手招きによって、何故かしら私もその輪の中に入ることに。
「ほなもう一回、乾杯!」
威勢の良い声の中にまじって「……乾杯」とグラスを掲げる私。グラスに注がれた黄緑色のこの液体に口を付けるのは、この世で生きてる限り一番恐ろしいことだと断定できます。グラスを揺すると中身が中身ごとたぷたぷ動きます。……液体と固体の間の物体が。
このお店は結構繁盛しているみたいです。モンスター全員を描写するのは情報量がえらいことになりますのでやめておきますけど、いろんな種類のいろんな種族のいろんな形状のモンスターが各々お酒(と思えるもの)を楽しんでいます。そして、私は何故だか彼らの言葉をごく自然に聞くことができます。彼らは仕事とか家庭の愚痴や、身の上話、事業、部活などの話題に花を咲かせており、バーやパブって大人の場所ってイメージでしたが、ここはまるでファミレスにいるような感覚でした。
バーテンダーさんしかり店員さんもモンスターで、モンスターによるモンスターの為のお店。そこに人間一人グラスと睨み合ってるわけですけど、実はとカミングアウトされたのは、みんな私のことは全員よく知っているということでした。
「あんた、勇者さんのお供の人やろ? ほんでカミちゃんのお手伝いさんや。まあ初めての事はなんでもビックリするやろうけど何も怖がること無いで。みんなようしてくれる」
「は、はあ……」
ポフロンが私に対して労いの言葉を掛けてくれました。他にも「がんばりや」「大丈夫や」「心配ないで」などなど。別に私からは何も言っていないのですけど、引っ切り無しに代わりばんこで話しかけられるのは、相槌するのが忙しい。
「それにしても、ようこんな場所見つけられたなあ」
いよいよやっと私が喋れるターンです。
「それは――」
私の話が遮られたのはドアベルが鳴ったからでした。カランカランという音に気を取られてそちらを見ますと、開かれたドアから三体のモンスターがお店に入ってきます。
驚くことに、彼らを見た私は懐かしさに、
「あっ!」
と、声を出すのです。
「帰ってきよったか」
傍のポフロンが手を振って彼らを呼び寄せます。
そう。いかにも彼らこそはポフロンでした。兄妹みたいに仲良しな二匹のポフロン。そして、その後ろをついて歩くのがベアベアモドキさんです。
ポフロン兄妹は手を振りながら同じボックス席にやって来て、他のポフロンたちと会話を交わします。
「おかえり。どうやった?」
「いやあ、びっくりしたけど案外普通やったわ~」
「せやろ? あんたがあんなびくびくするんやから、こっちの方が怖かったっちゅーねん」
あははと笑っているのでしょうか、歯をカチカチ鳴らすポフロンたち。この二匹は間違いなく私たちが最初に倒したポフロンだと、何故だか確信できるのです。
「無事だったんですか……!?」
生還したポフロンは私に気が付くと、
「ああ! あんたが例の勇者の! いやぁ、こんなとこで会えるなんて思わんやんかー。こんなべっぴんさんやったなんて、早い事結婚するんミスったかな~」
なんて言います。様子がおかしいと思わずにはいられません。
私の横を素通りしようとするベアベアモドキさん。
「ベアベアモドキさん、お久しぶりです」
ベアベアモドキさんは小首を傾げてから、遠慮がちに会釈して奥に行ってしまいました。やっぱり様子がおかしい。おかしすぎる!
「ちょっと失礼」
「また飲もなー!」
私はポフロンたちの席を立ち、カウンターに座りなおしてバーテンダーを手招きで呼び寄せました。一つ目ウサギのバーテンダーさんがさらりと現れました。
「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですけど」
「何でもどうぞ?」
「勇者に倒されたモンスターさんは生還するのですね?」
バーテンダーさんは一つ目を閉じて答えます。
「ええ、そうですよ。つい最近そのシステムを取り入れました。以前は一度死んだ者はそれまでだったのですが、今はどこも人権不足が深刻ですので、一度仮死状態ということにしていて治療するのです」
ポフロンを振り返り見て見ると、もうお酒も回ってお顔が赤くなっていました。頭か腹の切られたところも跡は残らず。というか毛で確認できず、至って心身ともに健康な状態でお酒の場を楽しんでいるご様子。
「もしかて記憶も?」
「内緒ですけどね」
ベアベアモドキさんに他人対応されたのは、心に刺さるものがありますけど、そういうシステムならその方が幸せなのかもしれません。
私はグラスの黄緑色を勢いに任せて飲み干しました。目が白黒しそうな喉越しの後、爽やかなミントの味がしました。意外に美味しい、というのが私の感想でした。
「もう一杯いきますか?」
「いや、やめておきます」
私はそのお店を出ます。モンスターさんたちが私にみんなで手を振るのに答えていると、ふとバーテンダーさんの足が鳥足の三本指だったのが見えました。
この世界に神様がいるようなので、あの方はきっと死神様であると思われます。変なものを飲み込んだせいか帰りは気分が悪く、宿に戻る道中で吐き戻すたびに記憶も落として来たみたいでした。
朝、目が覚めると不思議なお店の場所だけが、まったく思い出せないのです。
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