第6話
「十九……二十……最後。ポフロンの皮が二十一枚っと」
言いながら私の藁籠から次々取り出していくのは、町の鍛冶屋さんです。さすが鍛冶屋さんは、よく日焼けした太腕で躊躇もなく勝利品を摑み取りしていきました。カウンターに積み上がったブツをやや遠くの位置から眺める私は、店内の隅にあるベンチにて片肘をつきながら薄目で見守っているのでした。
「ずいぶん頑張ったようだな、さすが勇者様ってのは腕が良い。こいつなんかは上玉だぜ?結構苦労しただろうさ」
鍛冶屋さんは、ベアベアモドキの皮を掴んで勇者の前にぶら下げます。
「ふんっ、大したことは無い」
勇者は自分の作戦勝ちを朗々と語りました。
それを聞いて鍛冶屋さんはお店が傾かんばかりの大声で笑いましたので、私は静かに耳を塞ぎました。勇者なんかは耳を塞ぎながらも武勇伝語りをやめませんでした。……嘘八百をここまでスムーズに語れる人間がいるのかと内心では若干感心しつつ、私はぐったりとしています。
「そんなお嬢さんは元気が無いみたいだけど?」
鍛冶屋さんに指を指されて、勇者が振り返って私を見下ろします。
「……んなことないですし」
口元だけでもごもご言いますと、「あいつはいつもああだからな」と、間違った補足を勇者が加えて下さいます。
明らかに機嫌の悪い私に鍛冶屋さんは苦笑されましたが、機嫌が悪いのが明らかなのに、「あれは何にも役に立たない」「あれは俺のおまけだ」「俺はあれのせいでひどく傷ついた」とかとか勇者が続けるものなので、私もさすがにキレて弁解しなくては。
「……はぁ」
溜め息だけで息切れでした。
「それより強い武器とか頼む」
「はいよ」
私のことを「それより」で片付けられると、お二人は取引の話を始めました。
そのままお二人の背中を見ていても面白くないので、私は店内に飾られた商品を目だけで見まわします。
やっぱり何と言っても一番は、入店してすぐに目に入った大オノでしょう。このお店の目玉商品もしくはシンボル的なものなのだと思います。巨大すぎて人間が持てそうにない代物でして、これに実用性があるとは思えません。
店内のイメージとしては、自転車屋さんに似たレイアウトでした。剣と盾はセットでいくつかのデザインが並んであり、弓とか矛とかも剥き出しに並べられています。どれも戦いに使用する金物が新品でキラキラと輝いており、武器に興味のない私でもそれらを見ていると少しは心が躍るようです。
客人は私たちの他にチラホラいます。しかし彼らが品定めをするのは武器では無くて、土木用品や調理器具の方。モンスターと戦うのは勇者だけですからね。私もカマが少し欠けてしまったので、新しいものが丁度欲しかったところでした。放ったらかしにしてきたお庭の野菜たち。可愛そうな事をしてしまいました……。急に故郷(この世界での故郷)が恋しくなることもたまにあります。
「まずは威力を試してみよう」
不穏な会話が聞こえたのでカウンターの方に目を戻しますと、勇者の装備に新しい剣と盾が用意されています。
「防御力も攻撃力も約二倍だ」
「ふんっ、これで俺も最強の勇者ということか」
カチャカチャと音を立てながら盾の装着を済ますと、勇者は勢いよくお店を出て行かれました。
「おーい! 返品・交換は出来ないぞー!」
開けっ放しに出て行く勇者を、私と鍛冶屋さんは見届けました。来客によってドアが閉められると、鍛冶屋さんは普段通りカウンターの上を片付け始めます。
私は閉まったドアを眺めたままに少し悩んで、ちょっとした意思決定のもとでやっぱりカウンターの方に行くことにします。私は勇者のお供として、たぶん彼に同行しないといけないのでしょうけど、何となく気が進まないのでサボることにし、自ら鍛冶屋さんに声をかけました。
「あの、ありがとうございました」
「お?」
「えー、その、勇者が武器を頂きましてありがとうございます」
突然の申し出に驚く鍛冶屋さんでしたが、すぐさま、
「いいの、いいの」
頭を掻きながらはにかんでいただけます。髪に刈り込みがあって、両耳に大量のピアスが光っていて、個人的にだいぶ苦手なタイプの男性だったのですが、こういうところでギャップ萌えがあると少し安心するものです。
「……だいぶカツアゲだったけどな」
「え」
しょぼーんとなる鍛冶屋さんもまたギャップ……じゃなくて、私がよそ見している間に、そんな酷いことになっていたとは。
「すみませんでした!」
「いやいや、まあ勇者様なんて滅多に来ないし、ちょっと大盤振る舞いしちゃったってもんよ。まあ上さんになんて言われるか分かんないけどな」
肩をすぼめて笑います。色々あるんですね。
「お嬢さん村の方から来たんだろ? カミちゃんの手伝いしてるんだって?」
「カ、カミちゃん?」
「あー、あっちでは村長だったか」
カミ……神? ……村長……ああ。(ピンポーンという音)
「そうだと思います」
消極的に答えると、鍛冶屋さんは何故だか嬉しそうにしました。そして何故だか私にサインと握手を求めました。本当に何故だか分かりませんが。
私はかなり粘り強く拒否したのに、結局手にペンを握らせる勢いで迫られまして、しぶしぶ紙に『娘』と書いて渡しました。
「おお! これが異国の字ってやつか!」
しまった。
やっぱり間違えました。返してください。と、言おうとしたのですが、鍛冶屋さんがそのサインにキッスをされましたので、伸ばした手を一瞬にして引っ込めます。
「それは誰かに見られると運気がさがる術絵です。ひた隠しに大事にしてください」
渾身の嘘を信じるか信じないか。鍛冶屋さんは後者でした。私が思った通り、得体のしれないものに好奇心を抱くタイプなので、きっとこの『娘』と書かれた紙きれを死ぬまで大事にすることでしょう。良い男です。
私はそのついで(話題を変える為)、鍛冶屋さんにこっそり尋ねます。
「あの、鍛冶屋さん。この勝利品ってこれからどうなるんですか?」
カウンターに積まれた大量のポフロンの皮。これだけ大量のものと長時間一緒にいれば、鼻も慣れてしまったみたいです。と言っても、直接嗅いでみようとは思いませんが。
「業者に渡すぜ?」
「業者って、どんな?」
「まー、再利用ってやつかな? モンスターってのもさ、今人材不足なんだわ」
がははと笑っている鍛冶屋さんですが、私は彼の言っていることが何一つ理解できませんで小首を傾げておりました。そしたらお客さんの中の一人が私にこう言います。
「お嬢さん、一度見てみたらどうだい?」
と。
話しかけて来た彼は、黒マントに身を包んだ高身長の人物でした。が、足だけは鳥のように細くて三本指でした。あぁ人間じゃないんだなと思ったのがあまりにも自然だったので、私は宿屋で眠りにつく時まで忘れておりました。
それで、違う! 違う!! あまりにも不自然な事なんですよ!! と、私はベッドの中で急に思い出して飛び起きたのです。
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