第4話
森の中は鬱蒼としております。昼間だというのに暗いですし、今歩いている道は道なき道でした。私の持つタブレットで示される進路と若干ずれたところを歩いています。
「あの、隣にちゃんとした道がありそうなんで、そっちを歩きませんか?」
腐葉土を踏みながら倒れた木をまたぎ、時には大穴を回避すべく遠回り。靴も脛もスカートの裾までも、ドロドロの状態でありました。『木漏れ日の森』と称される場所でりながら木漏れ日どころの美しい景色はどこにもありません。ここは樹海です。
「冒険と言うのはこういうものだ」
何度目かのこのセリフ。何の説得力も無いのに従う私もどうかしているのでしょうか。
今の勇者の背中はすごく頼もしいものに見えました。が、地面をザックザック踏み鳴らしながら、ずいずい進んでいくので追いつくのが大変です。さっきまでのヘロヘロ姿はみじんも見られません。
「何をそんなに張り切ってらっしゃるのですかー」
「張り切ってなどいない。さっき俺を呼ぶ声が聞こえた」
彼は背中越しにそういうことを言うのです。私にはその俺を呼ぶ声は聞こえませんでしたけど、つまり今めっちゃ楽しいってことなんでしょう。
早くお風呂入りたい。
「それに……」
「それに?」
この勇者、ジャンプで飛び越えたところで足を止めるものだから、続いてジャンプした私はその背中に捕まる形になってしまったではありませんか!
「レベル上げも必要だからな!」
汚れものに触ったみたく手を振り払っていた私。
「レベル?」
勇者の背中から覗き見ると、初めてのモンスターが二体、威嚇した状態で現れておりました。厳密に言うと、うちの一匹だけは威嚇している状態で現れておりました。モンスターの姿を描写するのは難しいので、是非とも各々の想像力を奮い立たせていただきたい。
ダルマに毛が生えているみたいな見た目をしています。毛色は茶色。手には短剣を持っていて、我々に刃先が向けられています。
これは明らかな敵意!
「ほう、やる気か」
ぽふぁん。
手元のタブレットが勝手に起動しました。目を落とすと、スクリーンにこのモンスターのイラストと名前、ちょっとした情報が表示されています。どうやら新しいモンスターに遭遇すると情報が展開するみたいです。
情報を共有するためにも読み上げます。
「木漏れ日の森:ポフロン:動物の抜け毛から生まれた弱小モンスター」
……弱そう。名前からして弱そう。抜け毛からして弱そう。弱小とか書かれて弱そうです。
ポフロンAは刃先と共に鋭い目つきで睨み、むき出しの歯をカチカチと音を鳴らして威嚇しております。今にも飛び掛からんとする狂犬のようなのですが、なにせボールサイズのふわ毛なので、ごめんなさい、ちょっと可愛いとも思えます。
可愛いと言えばポフロンBは、Aの後ろに隠れてうるうるな様子。同じく歯をカチカチしていますけど、少し震えているように見えました。
「このポフロン、兄妹なんでしょうか。弟をかばってる?」
「関係ない。二匹とも殺してやる!」
勇者の殺意にドン引きです。どっちが悪者かわかりません……。
「いくぞ!」
「いくの!?」
飛び出していく勇者。短剣をポフロンに向けて振り下ろしました。戦闘とかの荒事とは無縁だと思っていたので、いざバトルが始まるとなるとその瞬間、私は目をつぶってしまいました。
「や……やっちゃいましたか……?」
おそるおそる目を開けてみると、まだポフロンはそこにいます。でもちょっと位置が変わったかもしれません。あんまり大きな変化は感じられませんでした。
「くそう、外したか……!」
ええい、と勇者がまた短剣をポフロンに下ろしました。今度はしっかりと見届けたいと思いながらも、やっぱり目をつぶってしまいます。しかも何やらゴリっという音が鳴ったので、私の方は恥ずかしくも「ひぃえっ」と声が出てしまいます。
目を開けると勇者の短剣が木に刺さってしまったような感じでした。
「な、何やってるんですか、早くしてください」
勇者は色々てこずっているみたいです。
「こいつ、なかなかやるぞ」
ようやく引き抜いた短剣を、勇者が再びポフロンに向けます。
何度かこのような事を繰り返しながら、私がついに見届けられた戦いは、いずれも勇者の剣が二匹の間をかすめるばかりでした。
二手に分かれたポフロンは、またBをかばうべくAが前に立ちはだかり、一向に変化が見られません。そして依然として歯をカチカチして威嚇。
勇者に疲れも見えます。私も相当疲れています。
――ホンッマニ、ショーモナイワ
「え……喋った?」
「何を言っている!」
またも勇者が攻撃を仕掛けるのですが、二人の間をかすめて二匹は二手に分かれ、BをかばうべくAが前に立ちはだかる。
――ホレ、アンタ、出番ヤロ!
「やっぱり喋ってますって!」
「次は討つ!」
「ちょっと待った!」
私の歯止めもむなしく、勇者が短剣を振りかざして突撃し、二人の間をかすめて二匹は二手に分かれ、BをかばうべくAが前に立ちはだかる。っていうか勇者の方、戦うのめちゃくちゃ下手なんですけど。
「ちょっとストップしてください」
二匹のポフロンはまた歯をカチカチしているので、今度はよーく耳を澄ませてみます。
「前ニ出ェッテ」
「無理ヤッテ、無理ヤッテ。怖イモン」
「何ガ『怖イモン』ヤ。男ラシイトコ見セエヤ」
「無理ヤッテ、絶対イタイヤン」
やっぱり喋ってます。あまり抑揚が無いので聞き取りづらいのですが、大体は状況が聞き取れました。聞こえたところ、お二人は訳ありのようです。
歯をカチカチするのは、威嚇なのか恐怖で震えあがっているのかではなくて、ただ二人でこそこそと会話をしているからだったらしいです。
「あの、勇者さん。なんだかお二人怖いとか言って――」
「おりゃあああああ!!」
「ちょっと!」
お二人の事情などさも知らず。今度の勇者の剣はポフロンの頭や腹に直撃しました。
恐れていた瞬間に目をつぶる暇もありませんで、その時が訪れます。傷つけて命を絶つということは、血とか体液とかがアレするということ。モザイク補正なしですと、それは液体とは限りま……せん。でも大丈夫でした。
短剣が傷つけた部分は亀裂を作り、中から空気がぷしゅーと漏れ出たら、ポフロン二匹はぺたんこになりました。空気の入っていない風船みたく地面にぐったりとなり動かない。我々はこの勝負に勝利したようです。
「……おめでとうございます」
「当たり前だ」
その割にめちゃくちゃ剣を外していましたけど。
そのことを咎めのも良いですが、ポフロンの抜け殻を摘まんで持ち上げる勇者が、私の方を向き、
「おい、荷物係」
「私? えっ、それを?! いやいやいやいやいやいや」
勇者から逃げ走るとすぐにびたーんと、こけました。木の根っこが張り巡らされているこんな場所を走り回るなんて阿呆な事です。知っていました。
私は泣きながらポフロンの抜け殻――ポフロンの皮とかいう勝利品を藁籠の中に押し込みました。中身が無くなったとは言え、睨みつける目とかむき出しの歯とかは印刷物みたいに残ってるわけで、目が合ってるんですよね……。かと言って一度押し込んだものをもう一度触るのも怖い……。
「あの、あの、これ今にも喋りだしそうなんですけど」
「俺の前に現れた事を泣いて詫びるだろうな」
「こ、怖いことを言わないで下さい」
私はしばらく手元を見ないように歩きましたが、その足はガクガク震えておりました。
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