第3話
出発は早朝……とはいきませんで。
まあ私の寝坊のせいでギリギリの時間に朝食を頂いた訳ですけども、それより部屋に戻ってもまだベッドで丸くなっている勇者の方が問題です。
「おーい、勇者どのー。起きて下さーい」
ドアの前に立ち尽くした私、まずは声だけを掛けてみますが当然みたいに反応なし。とりあえず、お弁当として詰めてもらった食料(勇者の朝食ではない)を藁籠に納めて、そろりそろりと勇者のお顔の前に近寄ってみました。
スースーと寝息を立てております。
健やかなお顔に何かイタズラ出来ないと、辺りを見回した時、
「ううん……」
残念ながらお目覚めの様でした。
「出発ですよ、勇者さん」
「……勇者さま、と呼べ……」
わたくしの口元のところが、ピキュッとなります。
勇者の布団を勢いよく剥がして地面に落とすと、丸まった芋虫の全貌が露わになりました。寒そうに縮こまっているとこに、ガツンと一言、言ってやらねばなりません。
「いい加減になさい! 勇者がお寝坊とか、メンツが立たないですよ!」
そんなこんなの朝。
気持ちのいい春風のもと、川沿いの道をだらだらと歩くのです。勇者の足取りが重いのも知らんぷりして、私は先を歩いて行くのです。
「まずは、隣町に向かいましょう。ちゃんと進路も表示されるみたいです。あとチュートリアルミッションをクリアすると、アイテムとか装備が貰えるみたいですね。とりあえずは、進みながらクリアできると思います」
歩きスマホは良くないんですけど、ここいらは穏やかな一本道ですし車も来ない事ですし、歩きタブレットをしながら私は言いました。
自分のどや顔は隠せなく、気分もルンルンでございます。集団の先頭を歩くのって、良い感じです。遠足とかの班長って憧れだったんですよね。皆、私について来い的な! 私は森林のマイナスイオンを吸い込みました。
集団と言いましても、息を荒げてへろへろの勇者が一人遅れているだけですが。
一度立ち止まって彼と向き合いましょう。
「あなた、体力無いですね」
「……ああ?!」
「あなた! 体力! 無いですねー!」
「……」
しっかりゆっくり届くように大きな声で伝えたのですが、今はそれどころじゃない様子は明らかでした。
大きくS字にカーブした道は遮るものが無くて見晴らしがよく、対角する遥か遠い位置に勇者の姿が見えました。足を擦りながら頭も上下左右にぶらぶらと、全体的にだらりとしたシルエットで確認できます。歩き始めてまだ一つの丘も越えていないのに、この遅れようだとこの先が思いやられます。
私は藁籠からピクニックシートを取り出して、その上に腰掛けました。昨日に用意したパンにジャムを乗せていただきます。昼食前の小腹を満たすのは、これからの上り坂に向けてのガソリンでもあります。結局渡しそびれたジャムの味は、バーベナさんのジャムには到底敵いません。
川のおかげで空気が瑞々しく感じます。こんなに広く美しい世界があるのに、どうして一年間村の外に出ようと思わなかったのか、自分でも不思議に思います。村からちょっと外に出れば果てしない草原があり、こんなに広く大きな川があり、なだらかな道の先に町も港もあるらしい。こんな自然見たさに大冒険しても悪くは無かったのに、私の出不精のせいなのか、はたまた潜在意識にあるモブの定めのせいなのでしょうか。
「にしても。豊かな森や山の景色を眺めることも、傍の美しい川のせせらぐ音を聴くことも出来ないなんて可哀そう」
ちらっと勇者の方を見やりましたが、残念ながら森林に隠れて姿は見えませんでした。まあ一本道ですし時期に追いつくでしょう。こんな場所で死ぬようなことも無いでしょうし。
ということで、私はタブレットを開きます。ぽふぁん、とずっこけそうな気の抜けた音とともにスクリーンが映りました。
実は、タブレットを見ながら歩いていた時、気になったところがあったんです。
「マイナスよんじゅっぱーせんと……」
勇者のイラストの下に、名前やレベルなどの情報数値が書かれています。HPはハートポイント。生命力値で0になると死んじゃうやつです。MPはマジックポイント。魔法を使う度に減り、0になると魔法が使えなくなります。どちらの数値もどうにかすれば回復出来ると思います。ゲームとか漫画によって方法は変わってきますから、今のところはっきりは分かりません。
あとは、攻撃力とか回避力とかの数値。体力数値が著しく低いのは……ちらっと勇者の方を見ます。遠くの方にあのシルエットが見えました。そういうことです。
で、数値と言えばだいたいそれぐらいなのですが、画面の右下にちっちゃく書いてある『マイナス40%』の数値が何かというと、『クリア率』とか書いてあるのです。
――クリア率:マイナス40%
だいたい0%から開始だと思うのですが、まだチュートリアルを終えていないから? 仲間が揃っていないから? 不思議項目、不思議数値でありました。
「おい……何を……休んでいる……」
「あら、勇者さん。これなんですけど、どういう事だと思います?」
思っていたよりも早くに追いついてきた勇者は、置いて行かれるかもしれない恐怖で途中から走って来た様でした。私はそんな勇者に労いの声を掛けず、ましてや顔に流れる汗を拭うためのタオルを渡さず、ましてやましてや一切も顔を見上げずに、タブレットを傾けて言いました。『マイナス40%』の数値を指さして回答を求めます。
「これって?」
「これですよ、これ」
反応は思ってたものと違いました。指を指していても、「これですって!」と、顔の真正面に向けても、勇者は首をかしげるだけなのです。
「見えないんですか?」
「それより水くれ」
あら。どうやらこのタブレット、私にしか開けないくせに操作は勇者でも出来ますが、私にしか見えない項目もあるみたいです。
「これはどうです? これは?」
「あ?」
勇者は横腹を抑えながら機嫌悪くするだけでした。
ということは、『条件一覧』とか『好感度リスト』とか、そのあたりのコレクション要素は私にしか見えないみたいで、つまり勇者の進捗状況を確認できるのは、私だけということです。
私は内心ちょっとホッとしました。
「喉乾いた……」
「そこに川があるでしょう」
「お前は阿呆か」
阿呆……なのは、お前です。
私はすくっと立ち上がって諸々を片付けたあと、川の方へ降りて行きました。川の水は完全な透明で、底の丸石も小魚も全部丸見えでした。その水を手ですくって口に入れますと、冷たくて実に美味しい水でした。
そんな私をゲテモノ見るような目で見下ろす勇者。
「この先は山に入りますから水はここにしかありません。郷に入れば郷に従えです。死にたくなければ、阿呆に騙されて飲んで置いた方が賢明ですよ」
言いながら水を水筒に入れましたが、勇者は結局飲みませんでした。私を置いて先に行ってしまわれます。それが命取りになることも知らずに。あーあ。お可哀そうな方。
勇者がこれから苦労することを未来預言者みたいに言いましたが、これも潜在意識的な作用なのでしょうか。
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