第2話

 私はぶんどられていたタブレット端末(以下、タブレット)を即座に奪い返します。このタブレット、A4サイズくらいで割りと大きめ、薄型です。黒いスクリーンを起動させる方法は、スイッチでもパスワードでもなく、このスクリーンに私の手のひらを軽く押し当てるだけなんですよ。(得意げ)

 ぽふぁん。

 ……なんともゆるゆるの音を立ててスクリーンに光が灯りました。

「うおおお! 俺がいる! 俺がいる!」

 スクリーンに現れたご本人のイラストに大大興奮で飛び跳ねました。私はタブレットを抱えるみたいにして死守します。けれども勇者は顔をずいっと割り込ませてスクリーンを覗き込みました。

「MP少ないなぁ、やっぱこれから魔法使えるやつに出会うんだろうなぁ、3人くらいは仲間になりそうだ」

 うんぬんかんぬん。この方が興奮で漏らしている独り言たち、私も同じく共感出来るのになんだか嬉しくありません……。普通はお互いの趣味が一致すると仲良しになれたりするはずなんですが、それよりも苦手要素の方が勝っているみたいです。

「装備は――」

 ぽふぁん。

 装備画面が表示されま……し、た。


『これは君にしか操作できないからね』

『これは君にしか操作できないからね』

『これは君にしか操作できないからね』

『これは君にしか操作できないからね……(ボイス。バイ。村長)』じゃない。『これは君にしか開けれないからね』だった! 勇者が軽くタップした『そうび』で、ウィンドウが開いてしまうとか、衝撃的過ぎて鼻血が出そうなんですけど。

「なんだ、俺でも操作できるのか」

 ツタンカーメン以来の大発見を、「なんだ」って言いましたこの男!?

「いや、ちょっと待ってくださいよ!! 今のは、私の、私の小指がちょっと当たってしまったんですよ!?!?!?」

 静かな静かな川辺の小さな小さな宿屋にて、黒光りカサカサ虫が登場したかのごとく叫喚する私がうるさいと、勇者は分かりやすく両手で耳を塞ぎ鼓膜を守りました。そうやって大騒ぎになりましたので誰かが階段を上がって来る音が聞こえました。誰かがっていうか、絶対に宿主さんです。

 私たちは、あたふたした後、互いのベッドに入って布団をかぶり、照明を落とすことに成功しました。

 ドアが開いて、宿主が中の様子を見ているようです。心配されているか、怒っているかは分かりません。

「や……やだあー……やめてよおー……こないでー……」

 しばらくの後に、ドアが閉められて足音が遠ざかって行きました。

「なんだそれ」

「スキル:寝言だまし、です」

 即席ですが効果はありました。大学時代に演劇部に所属していて良かった。この状況ってばまさに、修学旅行の夜に謎のテンションを隠す学生ばりですよね。

「貸せ。俺がやる」

「寝言だましを?」

「違う。それをよこせ」

 ベッドから勇者が腕を投げます。私は胸に抱え込んだタブレットを離すまいと抱きしめ、勇者に背中を向けてやりました。それぞれのベッドは両壁に寄せてありますので、大股一歩半寄らなければ到達できません。わざわざ起き上がって奪いに来ようものなら、痴漢とみなしてそれ相応の戦闘を起こす予定で居ます。

「これは私にしか出来ない仕事なんです。取り上げて欲しくないものですね。じゃないと……」

 二人が黙ると、川のせせらぎが聞こえるほど壁の薄い安宿でした。

「じゃないと、困るんです」

 布団の中でスクリーンが明るく灯っています。そこに映される勇者のイラスを眺めました。そして装備のところには、やっぱり装着していないアクセサリーがありました。

 嫌いだけどイイヤツみたいな勇者設定に準じて、嫌々言いながらも世話焼きな女ヒロイン設定はごめんです。私はせっせと未装着のアクセサリーを捨ててやりました。HPがいくつ増えようが、防御力が上がろうが、どうせ早い段階からもっと良い装備が出てくるんだから不要不要。

「アクセサリーありませんでした。残念でしたね」

 タブレットを閉じると、部屋は真っ暗になって何も見えなくなりました。羽毛の布団にくるまり、耳を立てて勇者の反応を伺っていましたが反応なし。

 そのまま静かにしておいて、目が暗闇に慣れてきたころ、寝返りを装って勇者の方を見てみます。案の定、もうおやすみの様子でした。

「寝てるんですか?」

 まあまあの声量で声を掛けました。

「……」

 後から「ぐう」と鼻息でお返事を頂きます。

 異性と一つ屋根の下で夜を越すのに、よくもまあ、そう健やかな顔で眠れたものですね。よっぽど自身のあるような女性でしたら、ちょっとした屈辱を受けたりする人もいると思いますけど。

 少しの間、勇者の寝顔を観察し、私は背を向けて眠ることにしました。

『その勇者の旅のフォローをするのが役目である』

 もうすぐ寝落ちできそうなのに、そんなことを思い出したのは、8割近く盛られた勇者のイラストの横が空欄で、このパーティーに私が含まれていなかったからでしょう。

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