旅の始まりとモンスターたちの素顔

第0~1話

 彼が一向に喋らないのはトイレを許すことで解決しました。あとは、朝食を作ってあげて、肩を揉んであげれば、気分を良くしたようで、ありとあらゆることを話しそうな雰囲気になりました。頑張りました。

「そうだな、どこから話すとするか……」

「一からです。全部」

「全部、か。確かに、君には話しておいた方が良いかもしれん」

 ここに来たのは諸々の為です。近頃私の身に起こった諸々のことが気にならないわけが無いでしょう。

「最初の勇者さんは何処に行ったんですか」

 それが一番の問題でした。だって最初の勇者さんの方が可愛げがあった。あっちがいい!

 すると、村長は意外そうに驚いていて、

「君はそれを理解しているのだと思っていたが?」

「ん?」

 私の方は素っとん狂な顔をしていたと思います。どういう事なのか、少し考えます……。

「……いやいやいや、そうじゃない! もうそういう、まどろっこしい駆け引き無しでお話して頂きたい」

 危ないところでした。私は自分の頬を叩いて元の顔に戻ります。

「なんかこう、試すような話し方? 君は既に答えを知っているだろう? 的な物語あるあるなんかは不要なんです。端的に、手短く、要点だけ話して頂ければ結構なので」

 村長は怪訝な顔で私を見ました。

「勇者くんが居なくなったのは、いかにも君が正規の道を導き損ねたからだ。彼は死んだ。森には魔女の檻があってだな、捕らわれの姫を被った姿に騙されて鍵を開けたのだ。邪悪な魔女によってどのように虐殺されたかも知りたいかね?」

 私は横にぶんぶん首を振りました。

「君が殺したのだ。君が殺したのだよ」

 面白がって連呼する村長ですけど、私の方はそんなの普通に泣きそうです。あの勇者さんには何の罪もないのに。どうせ死ぬならこのコーヒーを飲んでるクソじじいにすればいいのに。神様ったら間違っていますよ。

 思考を止めて私は村長を見ました。

「あ……」

 そうだった。と、思い出すと、村長はふんと蔑み笑います。

 そうなのです。有り得ないことに、有り得てはいけないことに、実の実の実は村長の正体は神様。あのサンタクロースが、いま村長の姿でここに健在しているのです。霧吹きを使って傍の植木の手入れをしている、変な男こそが神様なのでした。

「まあ、今回の勇者は死なせないようにすると良い」

「私、『殺』とか『死』とか軽々しく口にする神様に、お祈りをささげようとは思いません。あと『今回の勇者』っていうのもやめた方が良いと思います。体裁的に」

「今は個性が重視される時代じゃないのか?」

「いやまあそうなんですけど、あなたは象徴なんですからちょっと努力ぐらいして下さい」

 神様である村長は、黙秘を使ってコーヒーをすすりました。

「話を進めます」

「うむ」


「私が勇者さんを行かせてしまったあと、何となく記憶があいまいだったんですが、あれもあなたが何かしたんですか?」

 この質問に村長がギクリと肩を揺らしたのを、私は見落としませんでした。

「勇者が死ぬと私たちはどうなるんです? 影響あったりするんですか?」

 弱みに付け込む勢いで拍車をかけてやります。すると、村長はうーん、と考えて言葉を選んでいる様子。しばらく待つと、

「影響は無い」と、言ってから、

「が、今回はあった」で、答えました。

 何やら問題ありげな発言に裏がありそうです。村長は頬をぽりぽり掻きながら、何やら気まずそうに目を逸らすではありませんか。

「勇者の旅路を導くのが君や我々の役目だ。勇者が正規の道から外れて死んだとしたら、それは我々の失敗である。勇者が死んだ時点で我々も死んだと同じこと。だが、村人たちは勇者が死んでも死なずとも、私生活に影響しないのだ。勇者が死んでも、いつも通りの日常でいつも通りの生活を送るだろう」

 私の目の前に、村長は指先を向けて続けます。

「だが、君は違う。君は転生で生まれて来た人物であるから、この村人たちよりもはるかに知的である。村人たちが考えもしないようなことを思いつくことが出来る。そこが私の見落としポイントだった……」

「見落としポイント?」

「まあ、私も次の勇者採用に忙しくてな、君のケアに手が回せんかったのだ」

 ほう。

 その後は色々な仕組みを教えてもらったのですが、村長の愚痴とか武勇伝とかが混じっていたので、私の方で端的に要領よくお伝えしたいと思います。


 この世界というのは、神様委員会における偉い神様たちによって創られました。そんで私というのは、この中間管理職(例のサンタクロース)によってこの世界に転生させられました。危機的状況から助けてくれいと懇願された私は、それを断って勇者にはならず、その辺の事情は、今の今、話を聞くまですっかり忘れてたぐらい、この平和な世界でのほほんと暮らしておりましたわけです。

 そこに突如として現れた勇者という……ポジション。結局私もそうなんですが、彼もまた転生によってこの世界に連れてこられた魂です。その魂自体に特別な能力はありませんし、突飛するような神パラメータもございません。

 しかし、この世界の住民には明らかに無い知識と、異世界における痛々しいまでの好奇心があります。(私の場合は神様の望むような形にはいかなかったようですけども)

『勇者は旅をして強くなり、悪を退治して平和を取り戻す』

 そういう物語がこの世界では用意されていて、転生者はそのドキドキわくわく大冒険によだれを垂らすのだそう。

 そして、その勇者の旅をフォローしたりするのが、我々モブの役目。当然、村長も、その娘も勇者の旅路のモブであり、勇者を案内せねばなりますまい。私が勇者さんを追って大門に向かったのも、潜在意識の中での私が、自らの役目を果たそうとしていたからなんですって。なるほど。そんな重役、最初から知らせてくれれば、私は村人Aの方を選んだのに。死体の役でもそれなりに興味はあったのに。

「何でもしますから、今から村人Aにしてください!」

 村長の前で土下座ちっくに志願してみましたが、色々が色々だからということで、受け入れてもらえませんでした。色々が色々なのは、何が色々なのかは、断固として教えてもらえませんでした。

「神の領域に触れるでない!」

 勇ましくそんなことを言われると、まるであなた神様みたいじゃないですか……。私はシュンとなってしまいます。

 それから、勇者が死んだらの話ですが……。勇者が死ぬともう私の管轄外。あとは偉い神様にお任せです。気まぐれに次の勇者が現れたりするようなので、そこでまた私たちがフォローするだけ。

 また失敗したらどうなるんですか?

 同じ失敗はしない。なぜなら……。

「ルートBだ!」

「ルートBですか!」

 そう。ルートBに入るのです。

 勇者が死んだ時点でルートAはボツとなり、賢い神様知能さんが瞬時に計算。勇者のスキルと、やる気・度胸・愛嬌・心境・脈拍・血圧……あらゆる数値をもとに可能性を見出し、ルートBを抽出させるというわけです。っていうか、世界観がまるで違いますよね?! 神様知能ってなんすか?!

「……。……。……。人工知能みたいなものだよ」

 言葉を探しに探した後、恥じらいながら村長は仰いました。

 ホワイトボードには、村長作の低レベルなイラスト付きで説明が描かれています。が、内容はさて置いて、神様を棒人間で表すと足が三本もあるらしいので、なんだか妖怪みたいだなって思って眺めていました。


「勇者に私のことを吹き込んだのもあなたでしょう?」

「村長として当然のことだな」

「夜に出発することも伝えて?」

「ノンノンノン。それはちょっと違うのだ。君が夜中になると目が覚めるようにして、出発時期を調整したのだ。私は神様であるからな。侮るなよ? 我が娘」

 なんてことでしょう。人をマインドコントロールする恐ろしい神です。

「とはいえ君は立派に勇者を旅立たせた。そのことに関しては褒めよう」

「あ、ありがとうございます」

 唐突の褒めにちょっと喜んだ私。

「だがな!」

 村長は私の目先まで指を指して言います。

「君は規律を破った。村の外に出てしまっただろ。あれは頂けん」

「え、どういうことですか? 村の外に出てはいけないとは言われてませんよ?」

 頭を抱えて村長は、一枚の紙を私の目の前に開けました。……が、こちらの世界の文字は私には読めません。コミュニケーション重視の村の中では、文字の勉学について全く手付かずだったものですから。

「読めんか」

「はい。お願いします」

「仕方ない……いいか? これは、この世界の規律を綴った君に宛てられた文章である。君が村の外へ出た。つまりは、限られた世界から出てしまった事態への対処が書かれている。二択だ。選びなさい。元の世界に帰るか、死ぬか」

 し、死ぬぅ?!

「死ぬってどういうことですか?!」

「死後の世界については機密事項でな」

 え、え、え、怖すぎるんですけど。

 天国か地獄かというのは有名で、死後の世界は無(ム)であるという説もあります。一生眠り続けるとかいう間の意識どうなってんの?! と、考えれば考えるほど恐ろしくなってきますよね。

「元の世界に帰るだろう。その方が良い」

「えっと……」

 意外に混乱していない私。解決策が絶対あるのだと思っています。(例外を産んで村長の娘になった私ですから)

「例外は無い」

「ああん、ちょっと待ってください。今、考えますから!」

「無駄だ。私は君の為に手を尽くした。止む終えず村長の娘にしてみたが、成果と言えばこれだけだ。あとはのほほんとスローライフか何だか遊びつくしただけだ」

 村長が「これ」と掲げたのは、私が作成した超素敵完全版の村案内パンフレット。雨風に煽られてか腐食がはげしめ。

「旅人の案内は上手く出来んし、村の一大事にも参上しない」

「村の一大事?」

「大きな火事があっただろ。村人が連れていかれたり、太陽が二つになったり」

 言われて記憶を巡らせていくと、あーあー、ありました。火事事件。煙が立っているのを私も遠目で見ました。村人が連れていかれたのは噂でそんなのを聞いた記憶がよみがえって参ります。太陽が二つになったのは知りませんな。

「それが何か?」

「大事な村に事が起こったら助けるだろう。それを君ときたら、自分の事だけに精を出し、畑いじりばかりで一向に働かんではないか」

 村長の主張がよく分かりません。

 まるで私には使命があったけど、サボっているみたいに言うじゃないですか。

「私にどうして欲しかったのですか?!」

「勇者になって欲しかったのだ!」

 転生生活一年と二日目。村長といつもの喧嘩……を、あほくさ。と、思う。

「……」

「……」

 が、しかし。私は非常に頭が冴えています。


「……ごめんなさい、村長さん。私、あなたがそんな風に思っていたなんて知りもしなくて、ただこの世界を楽しんで過ごしていました。でも私、この世界が大好きなんです。元の世界ではこんなゆっくりとした時間は流れませんし、緑も村人たちの温かさもありません。これから私も成長します。ちょっとずつかもしれないけど、村長が望むような勇者になれるよう努力しますから。だからどうか、もう少しだけ側に置いてみませんか」

 涙を流して見せました。

 村長は私の肩を掴んで、うんうんと頷いています。おじさんを転がすのはたやすいものです。(悪い言い方)

「そうか、よく言った。さすが私の娘であるぞ、パパは嬉しい。嬉しいのだ……だが、勇者はもう現れたし、この村を無事に旅立てたのだ。君は役目を果たしたのだ、さらばだ」

 やりました! ……と、思ったのですが。私の表情の裏は自信で満ち満ちだったのに、どんどんとボルテージが下がって行きます。

「君の負けだな」

 何だか私が勝てなかったみたいな言い方をしたような気がします。と言うのも、村長が微笑むと私は急に眠くなったのです。催眠術か、いわゆる魔法か、寝落ちしそうな私の肩を掴む村長の手から、怪しげな光が放たれているのと、私の足元にも同じ光が現れているのが見えました。たぶん魔法のほうかと。

 いやいや、しかし! 私はこの眠気に絶対負けてはいけないと気を張らなければなりませぬ。村長によって眠らされるなりして元の世界に戻されまいと悪あがきをします。

 会話も試みてみます。

「村長……い、いったん手を離してみるのはどうですか?!」

「それはいかん。いかんのだ。すまない」

「じゃあ、わ、私、次の村でも村長の娘やりますから!」

「無理だと……」

「じゃあじゃあ、あの、死体の役! 死体の役でもいいです! 村人Zでもいいです!」

「……」

「村長のしもべでも……!」

 パッと光が消えると眠気も同時に消えました。眠気も一瞬にして無くなります。

「そ、村長のお手伝いをさせてください!」

 今のうちに言い間違えた部分を訂正しておきます。三秒ルールいけますよね?! 村長は気分よく考え事をしている様子。ここでもう一押しっ。

「村長さん寝不足だったでしょう? 今日はいつもに増して目のくまが酷いですよ。村長さんはゆっくりお休みになって、その間は私がお仕事をお手伝いしますから。村長さんにはお世話になりっぱなしですから、恩返しと言いますか、こんな私に良くしてくださるのだから、何かお役に立ちたいと思っています!」

 口からどんどんそんなことが出てきました。まるで心の中では本当にそう思っていたかのように、嘘がどんどん言えました。



「それで、渡されたのがこれなんですけど」

「お前、忘れ物とか言って半日どっか行くとか常識無いだろ」

 無事に戻った私は、すぐさま釘を刺されてしまいました。

 これには返す言葉がありません。たとえば道中とってもいい天気でのんびり歩いていると、はぁとってもいい天気だなぁと、ついついお昼寝をしてしまったこととか。私には返す言葉がありませんで、誤魔化し笑いで済ませようとしました。

 意外にも勇者は寛大な男でありました。それとも馬鹿なのか、今のところ分かりませんけど、私は無事でよかったです。

 それよりも勇者は、私が提示したタブレット端末の方が気になるようでした。新しいゲームを購入した子供のように、夢中で起動させたがっております。先ほど村長との話をなんとなく伝えたり、私の転生の件もすら~っと話したりしたのですが、実際のところちゃんと聞いていたのかどうか怪しいところです。

 村長に頼まれて勇者のお供としてついて行きますと申しましたら、「おう」と片手間返事でも頂きましたので承諾されたと思っておきます。

 ……まあ別にその辺はなんでも良いのですけど。そんなことよりこのタブレット端末に説明が必要ですよね。

 なぜこの時代にタブレット端末? と、思われるでしょう。私は思ったので村長に聞きました。お答えは「便利だから」ということだったので納得し、いそいそと持ち帰って参りました。

 これと彼とのファーストコンタクトは次の感じ。

「すっげえなこれ! 装備とか見れるのか?! スキルは?! まずは装備確認だよな、初期から持ってる指輪とか服とか結構あったりするからな~」

「ああっ、ダメですって! それ、私じゃないと開けませんから!」

「んなことあるあか! 俺が最初に開いてやる!」

「ちょっと! あんまり無造作に触っちゃダメですってば!」

 今思えば私の方も勇者と同じでした。新しいものってテンション上がりますよね。

で、結局もちろん電源は入りません。

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