第7話

 穏やかな午後の読書。最初は気が気でなかったものの、誰も訪ねて来る気配が無いので、キッチンで紅茶を用意できる余裕が生まれていました。

 目を覚ましたのは真夜中のようでした。

 辺りが暗闇なのはもちろん。寝室の窓から見えるバーベナさんのお宅を覗いても、灯りは一切消えていますし、煙突から煙も出ていません。

 リビングへ出て最後のカットケーキを食べました。

 食料を持っていけたらよかったのですが、出来合いはこれで最後でした。仕方なく、手作りのジャムとパンと水だけを持って行くことにします。お金はいくらかあるので、とりあえず隣町までの間の分だけあれば、何とか生きて行けるでしょう。

 この部屋ともおさらばです。


 真っ暗な部屋を一瞥してから、私はドアを押し開けました。

 夜でも外は過ごしやすい気温でした。人が居ない代わりに、空だけは点達が満員御礼のご様子。風は凪いでいてフクロウが鳴くだけ。ドアを閉めようとするとギィと音が鳴るその音でさえ、周りの人達を起こしそうに思いましたので、そのままドアは半開きのままにしておきます。

 私は一呼吸して、大門の方ではなくポストマンがやってくる方へ足を運ばせました。

「おい、門は反対だぞ」

「いいえ、大門の方は正規の道ではありません。こちらが正しいのです」

 歩きながら、私以外の足音が傍で鳴っていることに気付くのが遅すぎました。

 草原の中にある歩道を歩きながら感じたこと。それは、ストーカーです。

「素晴らしい夜ですね、星が綺麗です」

「ああ、そうだな」

 ストーカーであるなら言葉を交わしたりはしないはずです。であるならばこれは幻聴か。私はすぐ後ろから「ああ、そうだな」と、そう聞こえていました。思い返してみれば、出発した時にも、私ったら誰かと会話のようなものをしたような気も起こします。

 で、振り返ると居ました。あの男です。

 午後のうちに新しい装備と武器を揃えたようです。いずれも『はじまりの』と肩書が付きそうなお粗末なものですが、私の服装もモブ感しかないものですので、人の事は言えませんでした。

「なぜここに?!」

「お前がそうなんだろ」

「え?」

 何の話か分かりませんでした。男が嬉しそうな顔して私を見つめているのが気持ち悪いこと意外、何のことか理解が及びません。あと個人的に、相手方に対して「お前」とか呼ぶ奴、大嫌いです。

「お前が、村長の娘なんだろ?」

 石油を掘り当てたごとく、どばどばと記憶が戻って来る感覚がありました。そして、私はここでバッドエンドを迎えたのだと突き落とされました。

 いまさら顔を振るわけにもいきません。右も左も草原の中の一本道。逃げて隠れたいにも何の策も浮かびませんよ、もう。

「な、なにを根拠に……?」

 抗ってみました。

「この村で一番美しい女性だからだ」

 この時は風がさっと吹きました。真ん丸の満月が私たち二人を照らしています。あれれ、星空が満点だったのに月なんて見えてましたっけ? そんなことを考えながらも、この男から目を離すことが出来ないでいたのでした。

「俺は、アスペルラ・タマクルマバソウ・オリエンタリスだ。ここへは使命を預かり参上した。よろしくな!」

 アスペル……。

 聞いたことがありそうで、今初耳のようなその呪文めいたお名前は、そうだメモに記していた謎の文字列に似ているなと思いました。

「アスペル……なんですか?」

「俺のことは『勇者さま』と呼んでくれ」

 青春の汗が似合いそうな晴れやかな笑顔のもと、真っ白な歯が私に眩しく光っていました。恨みを込めて私は今宵の満月を見上げます。そこにあるだけの満月。ええ、こうなる原因はわかっています。絶対そうなのですよね、わかっていますとも……。



 では新たな旅立ちです! の、前に。

 私はある方の家のドアを一心に叩きまくっていました。太鼓のリズムゲームの連打ターンばりに、私は音を鳴らしまくっていました。時刻は分かりませんが、早朝である事には間違いありませんので明らかな悪行。山の方から今まさに朝陽さんがおはようしそうな予感を背中に感じながら、私はとにもかくにもドアを叩きに叩くのでした。

 夜だけ使われる鍵がガチャリと鳴り、屋内の方から押されてドアがゆっくり開かれるところを待ったりはしませぬ。私はそれを開くのを手伝いました。というか、ドアが剥がれんばかりに引き開けて、押し込めるようにしてその家の中に入ります。

 ある種、強盗ばりの強行です。

「なんだなんだ、こんな時間に。しかも人の家に上がり込んで君は」

「村長! あなたの仕業なんでしょう?!」

「一体何なんだね?」

 起きたての村長は、いわゆる『+』みたいな両眼をして、私のことを見ているのか見ていないのか分からない状態。目をこすりながら引き返し、トイレに向かう所を回り込んでの差し押さえ。私は村長の襟元を掴み上げるのでした。

「さあ、全部を話しなさいな」

「……」

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