デジャブ 下
無事に肥料を購入。明日の入荷で私の家に送ってくださるようです。さすがに女子一人で大きな麻袋を持ち運ぶのは無理があります。荷車に乗せたとて、それはそれなりの体力が必要で大変です。やっぱり力仕事は男性殿におまかせするのが、本来の女の生き方なのだと心得ております。
あとの細かなものは持ってきた藁籠に入れて持って帰ります。藁籠の中にはバーベナさんに渡しそびれたジャムの瓶も悲しく入っていました。
あの時、突然雨さえ降らなければ渡すことが出来たのに……。
じゃ無くて。その前のシルクハットじじいが現れたから渡すことが出来なかったんでしたっけ……。ありゃ、シルクハットじじいとは夜も会ったような……。たいへん、たいへん。記憶が混乱しています。
一度シルクハットじじいに会って話をした方が良いんでしょうか。一応、この村の村長ですし、聞けば何か教えてくれるかもしれません。
晴天の空のもと、また牧草畑を横目にのどかな田舎道に入ったところで、私はぱたりと足を止めました。
「でもあのウインクを思い出すと、めちゃくちゃ嫌気が差す……」
昨日のことはあんまり思い出せないくせに、世界で一番忘れたいものだけは脳裏にこびりついて取れないのです。
「ああああああ~~」
「おい、そこの女」
停止して振り返ると、見慣れない男が現れているではありませんか。頭を抱えながら乱舞していた私にとって、傍観者がいたという事は非常に恥ずかしいこと。この時はそりゃあもう顔が腫れあがったかと思うくらい、熱く熱くなりました。
「人間か?」
硬直している私を男はじろじろと見回して言いました。
「はい……人間かと」
「言葉は通じるみたいだな。村人か」
初対面で数秒足らず。私はこの男にムッとなりました。
「宿屋は戻って広場のところにあります。旅人ならこちらの先の村人の家に用は無いかと。それと、村長の家は広場を超えた向こうにありますから、大門を目指して歩いてくださいませ。では私はこれにて、ごきげんよう」
私は男に礼をして背を向けて歩き出しました。が、腕を掴んで引き留められることに。
「ひっ?!」
男性に触られるのは一年以上ぶりでしたので、頭に血がカァッと上ってしまい、危うく見ず知らずの人間を殴ってしまう五秒前。男は私に真剣な顔をして言います。
「村長の娘がいるそうだろ。その人物に会いたい」
私は脱力しました。
「……わかりました。呼んできますのでひとまず宿屋に行きましょうか」
そして即席にしては、我ながら優秀な判断が出来たと思いました。
宿屋のレストランにて、私と男は同じテーブルに座りました。私たち以外にお客はおらず静かでして、どういう手法か分かりませんが、クラシック音楽のようなBGMだけが聞こえていました。高い天井のシーリングファンは、お飾りなので回ってはいません。旅人や兵士による宴会でもあれば回すらしいのですが、少なくてもこの一年間では、旅人がぽつりぽつりとやってくる程度でした。
ところで皆さんは、初対面の人物と二人きりでレストランに入ると、まずはどんな行動を起こしますか? 私の場合はとりあえず上方かなと思う席を相手方に譲り、おすすめメニュー、日替わりメニュー、メインメニューなどを見ることにします。メニューが二人で一つの場合は相手方によく見える位置に置いて私はすぐさま注文品を決める。一つずつある場合は相手方の注文が決まってから私も決定することにします。
が、このレストランにおいては、メニューという紙ベースのブツは存在しません。ましてや当然、食べ放題・飲み放題なんてシステムなんても存在しません。
メニューはメネシアさんに口頭で告げるのです。
「あら、旅人さんね。あんた、男の人と入って来たからびっくりしちゃった。で、何にする? 今は手が空いてるから何でも作れそうよ」
私をいびりながら、メネシアさんはニヤニヤしておりました。
「じゃあ、オススメのパスタを」
私がメネシアさんに言うと、「おっけー!」とウインクします。
次はだんまりの男の方を見て、
「何か食事されますか?」
「必要ない」
男はかぶせるようにして言いました。私はびっくりしましたし、その無礼さに怒ったのですが、メネシアさんの方はそれを面白がって大笑い。
人の感じ方ってのは、それぞれなんですね。
「沈黙もあれですし、あなたのことを聞いても良いですか?」
と、問うたところ、
「ただの村人に話すことは無い」
と、おっしゃるのでそれまでで終了です。
「……ち、ちなみに、村長には会いましたか?」
「ああ」
うーん。私の作戦が若干揺らぎます。
村長の娘を連れてくると言いくるめて、村長の娘である私はこっそり逃げてしまおうと思っていたのですが、村長に会っているのであれば、厄介なことになりかねません。
そもそも何でこの男から逃げる必要があるのかというと。
あるのかというと……。
あるのか……。
コツンと音が鳴って私はハッとさせられました。メネシアさんがアイスティーのグラスを置いて下さった音です。
「ゆっくりして行ってね」
「ありがとうございます」
男は腕を組んだままピクリともしません。軽く礼ぐらいするのが大人ってもんでしょう。そんな些細なことに苛立ちもしないメネシアさんは、私だけにしか見えない場所でウインクをしました。
「村長の娘はまだか」
「もうすぐ来ると思うんですけどねぇ……」
私は窓をの外を見てそわそわしています。
「ちょっと様子を見てきましょうかね」
「いや、俺が見て来よう」
高チャンスをへし折られるごとく、男は席を立って屋外へ出ようとしました。こっそり足首をストレッチしておいたのが、ここで俊敏に彼を引き留めることが出来る為だったとは。
離せと言われる前に、掴んでしまった腕を私から離します。
「で、でででも、あれでしょう? 村長の娘さんとお会いしたことが無いでしょうし、その、見た目? とか、服装とかも分からないでそ?」
「俺なら分かる」
「ななな、なにゃを根拠に!?」
不自然に不意に腕を掴んでしまった件は流れましたから、それに関しては良かったの一言。けれど、状況はそれどころじゃないに尽きます。
「村長の娘は美人に決まっているからだ」
「な、なるほど!」
ようし、今すぐ村長の娘を呼んでくるぞ!
私はそう思って、男を差し置いたまま宿屋を飛び出しました。石畳の上は時々の凸凹で転びそうになりますが、踏み固められた土の道になると非常に走りやすくなりました。牧草畑を眺めるのが大好きなのに今はそれどころでなくて、とにかく家に帰りたい衝動に駆られて帰宅ダッシュ。
運動不足の身体かと思っていましたが、日ごろの農作業のおかげで体力も結構上がっているようでした。我が家まで走りっぱなりで到着出来ました。
着くなり入って、ドアを閉めて、鍵を閉めて、布団にこもって、読みかけの本を読みます。本を読んでいると集中し過ぎて何も手に付かなくなってしまいました。今こそ、そんな欠点を活かして現実から逃げる時です!
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