デジャブ 上

 ぷっつりと意識を失った後に、快適な目覚めによって私は起きました。小鳥がチュンチュン鳴いていて、窓から青空が見えています。シーツの中で、くしゅんっ、とくしゃみをし、毛布を探すべく手足をバタバタしましたが、床に落ちたのか見当たりません。

 おずおずとベッドから這い出て、リビングにやって来ました。不意に、誰も居ないと思ったのですが当たり前です。一人暮らしなのですから逆に誰かいる方が怖いのです。昨夜は変な夢を見たようでした。


 起きたらすることは決まっています。

 目覚めの一杯を用意しなくては。

 ポットでお水を沸かして、ハーブの瓶を用意。いつものマグカップがいつもの場所に無いので少し探し回ると、ダイニングテーブルに出しっぱなしでした。でも、おかしなことに、マグカップの中にはミントティーが残ったままでありました。というか、ダイニングテーブルを見ますと、ケーキやらタルトやらバーベナさんに頂いたお菓子たちが、丁寧にお皿に乗せて置いてあります。食べかけのタルトとかグラスとか椅子とか、何やら食事をした形跡もあるではありませんか。

 その時、バタンと扉が閉まるような音が鳴りました。咄嗟に私はその場にあったパン用ナイフを構えて硬直します。

 ゆっくり、ゆっくりとドアに近付いて行き、ソファーの座面が見えると、そこに私の毛布が置かれているのに気付きました。

「何なの……」

 閉まっているドアを開くと、朝の気持ちのいい空気と青空が迎えてくれました。「おはようございます!」と、景気の良い挨拶が聞こえてきたのは、バーベナさん宅の旦那さんとポストマンが挨拶を交わす声です。

 私の家のポストにも配達が来たようです。ただし、私宛に手紙を書いてくれる人物はいませんので、ポストマンは一輪の花を置いて行って下さいます。

 一応、家を一周してみましたが不審な人物はおらず、とりあえずポストの花を持って家の中に戻りました。新しいミントティーと、まだ口を付けていないケーキとで朝食をとり、とりあえずは畑の世話をしましょう。

 いつもの時間より三十分ほど寝坊していたようなので、手際よく進めることになります。畑の水まき、果実の手入れ、雑草抜き。やるべきことは山ほどありますが、やりがいがあって良い汗をかきます。

 ルッコラの苗木に肥料を撒き終わり、倉庫のストックが少なくなっているのを見て買いに行かなくてはなりません。そういえば、夕食用の材料もいくつか欲しいものがあるので、それらをメモして買い物に行きましょう。

 いつも携帯しているメモを取り出して加えようとすると、

「アス……アスペルラ、タマクル……マ……バソウ、オリエンタリス?」

 アスペルラ・タマクルマバソウ・オリエンタリス。謎の呪文が書かれていました。この文字列を口に出して読んでしまったのはかなり不用心でした。が、幸いにも何も起こらなかったようなので一安心です。一応、私の字であると思うので、きっと何かの時に見たなり聞いたなりして、あとで調べようと思ってメモしたものでしょう。


 牧草畑を横目に、のどかな田舎道を辿って行き、大きな噴水が見えてくると広場へ到着です。その石畳を取り囲むようにして宿屋や鍛冶屋が円状に展開しています。

 広場と言いつつも、小さな村なので人気はありません。昔は栄えていた街だったりするのでしょうか。誰の口からもそんな話を聞くことはありませんが、無駄に広いのが若干気になったりしていました。

「おはよう。買い物かい?」

 宿屋の前を通ると、午後の看板を準備しているピーマンさんに見つけられました。ひょろりとした体格で、不健康そうな顔色を見ると、また徹夜したのだと察しがつきます。

「おはようございます。肥料とか食材を買いに来ました。メネシアさんはいますか?」

「メネシア? うん、いるよ」

「そうですか! ……」

 あれれ? 私、なぜ今メネシアさんの不在確認を?

「呼んでこようか?」

「あ、いえ。大丈夫です」

 我ながら不思議な気持ちになります。特に、今日は不思議な気持ちになる事が多いかもしれません。そういえば、ポストマンにも用事があったような……いや、手紙関連で私がポストマンに用事などあるわけないんですけど。

 考え込んでいる私を見て、ピーマンさんも首を傾げたかと思います。

 私はそのまま、ぶつくさ言いながら雑貨店へ足を運びました。と言っても雑貨屋と宿屋はお隣さんです。

「また後で寄って行きなよ!」

 ピーマンさんのご厚意も聞こえず。私はとぼとぼ歩きながら、どうにもモヤが掛かっているような昨日の記憶に夢中でした。押戸を開けて、木製のドアベルがカランコロン鳴って、「いらっしゃい」と言われて、カウンターの前に立って、ぼうっとしていて、「どうしたの? 何か考えごと?」と言われて初めて、自分が雑貨屋に入っていたことにハッとされるくらい夢中のようでした。

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