第5話

 ――目覚める的な感覚で目を覚ました私は、最初、真っ白な世界にいました。上も下も右も左も真っ白けで、唯一床の感触があったので、自分がそこに直立してるのだと分かったのです。

 動くのも怖いのでじっとしていたら、すぐに目の前に何者かが現れました。フェードインで人間が現れると、身の毛がよだつものです。幽霊化と思いきや現れたのは、サンタクロースのようなお方でした。

「ふぉっふぉっふぉ、メリークリスマスじゃ~」

 やっぱりサンタクロースです。

「サンタじゃないわい!」

 白いおひげを携えた中年太りのおじいさんは私の考えが分かるらしく、私の心の独り言に対して口頭で返されるので難儀しました。

「お前さんを呼び起こしたのは他でもない。実は、私の作った世界がひとつ滅びそうになっておってな。お前さんにはその世界を救って欲しいのじゃ」

「滅びそうになってる時点でダメなんじゃないですか?」

「いや、それを言われると立場が無いんじゃがな……」

 このサンタクロースさんは打たれ弱く、ちょっと突くとすぐにしぼんでしまいます。係長的な風貌で、上にも下にも弱いタイプに見えました。私はそれに漬けこんで遊ぶのが好きでした。


「戦うのは無理ですよー」

「無理?」

「あんまり勝ち負けにこだわらないタイプだし、向いてませんて」

「ええー。そんなこと言って、君がゲームで負けて泣いていたの見てたんだよ?」

 いったい何年前の話してんすか。

「小学生くらいの頃? 特に引っ越す前かな?」

 私は押し黙ってサンタクロースを睨みます。ひぃぇっ、とサンタクロースは縮こまります。

「今時、戦って解決なんて古いですよ。上手く折り合い付けて話し合うのが良いんじゃないですか?」

「それはまあ、そうなんだけど……上が厳しいから」

「上?」

「分かりやすく言うと、女神さまね」

 サンタクロースの正体はサンタクロースでは無くて、実は神様なのだとサンタクロースは言いました。それから、神様組織の人事部なんだとかも言っていました。そこら辺の事情はあんまり興味が無かったので「へー」と、スルーさせていただき、それではこの真っ白な世界は何なのかと問うたところ、

「君の雄姿によってニューワールドになるかもしれないしぃ? いつも通りの日常になるかもしれなぁい」

……そんな風に言われたと思います確か。


 小説家の卵だった私は、三が日最終日にてパソコンに向き合い、コタツに足を入れながらうとうとしていたところまで記憶しています。仮にここが、よくある死後の世界だとしたら? まさか、コタツの中で死んだとかそんな死因嫌に決まっています。ですので、ここは勝手に夢の中なんだということで落とし込ませていただきました。

 心の中が読めるサンタクロースさんが、わざわざ訂正しないところを見ると、この解釈で問題ないとのことなのでしょう。

「ねえ戦うの無理なのぉー?」

 話を戻したサンタクロースが目の前でくねくねしています。神様のくせに両手を合わせてお願い事って、なんか色々的にアウトなのでは?

「無理無理。痛いの嫌だし闘いたくない」

 争いごととか競争きらーい。そういうロマン、私は結構なのです。


 例えば。

 畑で野菜や果物を育てて、牧場で牛さんや羊さんを飼い、収穫物を出荷したり料理を交換したりで平和な生活。花火大会や、雪まつり、収穫祭などイベントも沢山。さらにキャラ豊富な男性キャラクターがいて、好感度を上げていけば結婚出来たり子供が出来たりするようなシステムがあればなお良。

「そういう設定じゃダメすかねぇ」

 あ、私は女性キャラでお願いしたいです。

「そーう? まあ、出来なくはないけど……」

 サンタクロースは自前の白髭を撫でながら考え込みだしました。無理難題に頭を丸め込む様子ではなく、ここでは空想に胸を膨らますような落ち着いた様子でした。

 近年この頃は、転生ものの漫画が流行りつつあります。個人的にはそこまで興味が沸かなかったものの、物書きゆえ一応は若干程度かじっておりました。ちょうど作品が迷走していた中、私がもし異世界に転生するとしたら……の希望を伝えたまでですが、案外上手くいきそう。希望は伝えてみるに越したことないですね。


「じゃあ、村人Aと村長の娘。どっちがいい?」

「え?」

「戦うの嫌なんでしょ? そしたら【村人A】か【村長の娘】どっちがいい?」

 サンタクロースが出した二択に私は固まりました。その二つはつまり、ヒーローでもない、ヒロインでもない『モブ』とか言うやつです。語源は英国か仏国か分かりませんが、主要な人物以外で名前なんかも無いようなキャラクターを指します。店員とか、お客とか、村人とか……それらを区別するためにAとかBとかつけるんですよね、たしか。

「それぞれ何が違うんですか?」

「そんなに違いは無いんだけど……村人は、まあ一般的で平凡なポジションね」

「Aっていうのは……」

「問題を知らせたり、ヒントを与えたりする役目だったりするかも」

 ほうほう。モブキャラ万歳。危険に身を晒さずとも、重要な役目があるというのは個人的に惹かれます。つまり、話しかけられたときに「地面を掘るにはスコップが便利さ。スコップは鍛冶屋で購入することができるよ!」とか言えばいいのでしょう?

「ただ、稀に死ぬこともあるけどね……」

「は?」

 指先同士をちょんちょんくっつけながら、サンタクロースが告げました。

「どういうことすか?!」


 サンタクロースの横にスクリーンが登場しました。『村人Aプラン』と、堂々としたタイトルが現れ、サンタクロースが操作するリモコンで、様々なシチュエーションが上映されます。

 まずは出発の村にて。

『こっちの道はまだ通れないよ』

 あー、よくある。よくある。まずは博士のもとでお話をしないと先に進ませてくれない奴。

『くさむらは危険だから、避けてあるくと良いよ』

 あー、よくある。よくある。くさむらに入るとモンスターが飛び出て来るよ、とは言わない言い回し奴。それから続いては洞窟パターン。

『……』

 ――動かない。ただの屍のようだ。

「ちょっと、サンタクロースさん! まさか、これも村人Aだって言うんですか?!」

「ちゃんと死者が出ているってことも伝えることも大事だよう?」


 別パターン。

『ここを出られたら……僕は……彼女にプロポーズ……するんだ……』

 これ、フラグめっちゃ立ってます! しかも一定数話しかけたら『……』になるやつ!

「この辺はFとかHくらいの仕事なのでは?!」

「いかにこの先が危険かを暗示させるのも大事な役割じゃよ!」

 親指を立ててにっこり言いますが、い、嫌です。転生先が屍だなんて、私は絶対嫌です。死亡フラグ回収係も嫌です。

「村長の娘のバージョンもあるんですよね?」

「ほいほい」

 今度は、『村長の娘プラン』が上映されます。こちらは、村人Aプランよりも力が入っている模様。シチュエーションを切り抜いたプレゼンタイプではなく、映像と音楽を付けられ、しっかりエンコードされたプロモーション映像でした。

『平和な村での楽しい生活!』

 いきなり私好みのキャッチが入ります。流れる川のせせらぎ。草花の揺らぎ。少女の帽子が風によって舞い上げられて、空中に飛んでいく光景はかなりベタではありますが、結構です。好きな感じです。

『愉快な仲間たちと共に村の発展を目指そう!』

 なるほど。村長の娘は、村を発展させる役目があるのですね。村人の皆さんの笑顔が素敵過ぎて、だいぶ好感度が上がっております。

 しかし、そこに雷鳴とともに空模様が怪しくなります。

『きゃぁああ!!』

『待てー!!』

「村長の娘は攫われるのですか」

「稀にね」

 そんな設定は望んでいませんけど、まあ直前の豊かな自然があれば良しとしましょう。

 そこで突然に映像はぷっつり途切れて、真っ黒になってしまいました。

「まだここまでしか出来ていなくて……」

「サンタクロースさんがこの映像作ったんですか?!」

「ええ、まあ」

 サンタクロースは恥ずかしそうにしながら、スクリーンを閉じます。


「【村人A】か【村長の娘】どっちにするの?」

 攫われるのが気がかりではありますが、素敵なプロモーション映像が好感でした。

「じゃあ、【村長の娘】でお願いします」

「おーけい、おーけい」

 サンタクロースは何もないところで指を動かしだしました。その動きはピアノを弾いているか、パソコンを叩いているかですが、状況からして後者でしょう。

私は黙って彼を見守っていたのですが、その間に、サンタクロースと私を取り巻く真っ白な世界が次第に色づいていくのに気付きませんでした。

 風が私の髪を吹き上げて、そちらを見た時に初めて「あれ?」と、なります。

 私が居たのはのどかな世界でした。レンガ屋根の家が並び、足元は踏み固められた土の歩道となっています。木柵のふもとには剣のような雑草がひしめいて、小鳥も猫も蝶も人も、ごく自然の装いで自由に往来していました。

 それからもう一つの「あれ?」は、その場所にサンタクロースがいなくなったことです。



「それからは大変でしたよ。お前は誰だ、どこから来たって、質問攻めです。そこに現れたのが村長で、私は一人暮らししていた街から移住してきたってことに――」

 ふと、勇者の後頭部を見ました。そこに後頭部はありませんでした。

 まあ私ったら恥ずかしい。一人でまたぶつくさと~~と、居なくなってしまった勇者を探すべくソファーを覗き込んだら、きちんと眠る勇者の姿がそこにありました。毛布をきっちりかぶって、肘置きを枕のようにして仰向けに寝息を立てていました。

 これには私もあくびが出てしまい、おやすみなさいとします。

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