第2話
「そういえば、お父さんとは仲直りできた?」
藁籠に持ち帰り用のケーキを押し込めている時でした。バーベナさんが不意に言います。
「……まあ、口利く機会も無いですし」
「ダメよ? ちゃんと親孝行してあげないと」
「そうですよね」
いつ死ぬかわかりませんもんね。
私の父的存在の人とはもう三か月くらいは会話をしていないのですが特段不便もありません。分からないことは村の人が優しく教えてくれますし、大抵のことは一人で解決できています。だいたい、あの人と関わることで私にとって良い事ありません。むしろ苦労ばかり押し付けられるので避けています。
ただしまあ厄介なのは、こうした噂を虫のごとく察知する能力がずば抜けているらしく、ふっと話題にあの人が上がるとこれは、出会ってしまう兆しというところです。
ほら。項垂れて遠くを見ている私の視界に、世界観に似合わないシルクハットが映りました。マジシャンみたいに黒く、くっきりしたシルクハットが、ずいずい近づいてくるだろうな、という予感がします。
「おおーい! おおーい!」
あちらはこちらに気が付いていて手を振ってきます。呼びかける声に懐かしささえ感じましたし、悪寒も少しばかり感じました。
バーベナさんはお年を召しているせいか、あのお方に気が付いていないようで、何気ない談話のすき間でチーズタルトを口に運んでおります。ですので、ここは私もバーベナさんに倣って知らぬふりで決まりなのです。
「それよりお庭のクランベリー、すごく元気に育っていますね」
おおーい! おおーい!
「まあ、また話を逸らしてこの子は! あれは私じゃなくてあの人が植えた――」
おおーい! おおーい!
「――でしょ? 意外に熱中しちゃって、今は教えてくれ教えてくれって――」
おおーい! おおーい! おおーい!
「――が、もう大変なのよ~」
「あはは、そうなんですね~」
おおーい! おおーい! おおーい! おおーい!
「こないだだって――」
「ちょっと、良いですか」
「あら、どうかした?」
急に私が割り入るもので、バーベナさんは驚いた様子です。
「ごめんなさい。ちょっと雑音が」
すくっと立ち上がる私を、バーベナさんは不思議そうに見上げていました。
あのシルクハットのお方ですが、こちらに用があるなら走ってくればいいのに、どうしても気付いて欲しいらしいんです。せっかくの有意義な女子トークなのに、全く空気の読めない奴め。心底嫌いです。
「まあ、村長さんじゃない」
私の見る方を見るやすぐ、バーベナさんもシルクハットに気付きました。
バーベナさんが手を振ると村長は快くしたようです。レディ達を待たせてはいけないと、ここにきて小走りでこちらに近付いて参ります。追い払おうとしたのに、うっかり招き入れる流れになってしまいました。
「やあやあ、ごきげんよう。おや、お楽しみ中だったかな?」
わざとらしい挨拶で登場した村長は、自らフェンスを開けてお庭に侵入してきました。シルクハットを少し浮かせて紳士的な挨拶をしたあと、私たちのピクニックシートを眺め、
「これはこれは、ご馳走だ」
「チーズパーティーですのよ」
「おお、バーベナさんの手作りは大変美味しいですからなぁ」
私が、帰れ帰れ帰れと念じるも虚しく、村長は私とバーベナさんの間に座ろうとするではありませんか。「ちょっとそっちにずれてくれるかな?」とか言いながら、完全に輪に入ろうとしているではありませんか。
こうなるともう最終手段を使う他ありますまい。
「ああっ、すみません。私、洗濯の途中だったのを思い出しました!」
「あらそれは大変。でも、せっかく村長さんがお祝いに来て下さったのに……」
その村長ってば首をかしげています。
「村長のお祝いは、あとで頂いておきますので」
「そう? まあでも、今日はいい天気だけど陽が沈むまでに急がないとね」
私は、靴を履きながら藁籠を持ち上げました。
「そ、それではごきげんよ~」
「ええ、またね」
逃げるようにしてその場を離れます。離れると言っても隣の家なので、フェンスをくぐれば私の家の庭です。
玄関の前で振り返って手を振ると、バーベナさんが手を振ってくれました。ついでにあの男も手を振っていました。
扉を閉めて私だけになると一度深呼吸。もう一度そっと扉を開けてバーベナさん達を覗き見ますと、お二人が楽し気に午後のティータイムを過ごしている様子がうかがえました。
複雑な焼きもちに胸が苦しくなります。
それにせっかく私の為に開いてくれたのに、ほんと心が残念でなりません。
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◆村長:始まりの村の村長です。一応、私の父ということにもなっています。黒のシルクハットがトレードマークなじじいで、草木を愛でるのを好んでいるようです。自己顕示欲が高いので、あんまり相手にしないことをお勧めします。
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