あの…私は転生しても何もしたくないんですが。いえいえ、帰りたいとかでは無いんですよ。畑いじりとお菓子作りだけさせてもらえれば…。

夏帆

チーズパーティーから私の夜逃げまで

第1話

 バーベナさんが自家製チーズを分けてくださるようなので、私はこのモダン風な古民家の前で待たせてもらっています。手ぶらというのも申し訳なく、先日作ったジャム瓶を急ぎで持ってきたのですが、渡すタイミングを逃してしまいまだ藁籠の中にあります。

 私はあまりコミュニケーションが上手な方じゃないのですが、空振りする姿を晒す方が恥ずかしいと思う人間なので、

「これ、昨日うちで取れたベリーで作ったジャムなんですけど、作り過ぎちゃいましてよかったらどうぞ。いや、いつも頂いてばかりですからお返しというのも些細すぎる物ですが、私的にはこれが精いっぱいの贈り物ですから是非頂いてほしいのです!」

 と、伝えるセリフを練習していました。

 練習は大事です。ほぼ毎日顔を合わす隣人であっても、告白するみたいなドキドキ・そわそわを、ある程度落ち着かせてくれますから。

 この辺りへ訪れる人間は限られています。また、見晴らしの良い場所で一本道なので、私は一人を確信してぶつくさぶつくさ言えるのです。


 バーベナさんのお家は、ヒスイ色のレンガ屋根がトレードマークです。赤茶のとんがり屋根がひしめく村の中では一目引く色合いで、実にアーティスティックなのです。

 もうお年も召されているのにバーベナさん夫婦はお元気で、このヒスイ色レンガ自体も手作りなさったのですって。お家も何でも自分でリフォーム&ハンドメイドしちゃう老夫婦。素直に尊敬しますし、私も将来ああなりたいです。

 ある日のお茶会で私、「皆に知識を教えることでお金にしたらどうですか?」と、提案してみたところ、「あなたは天才ね」と、たいそう感心されました。謙遜しながら「天才」の言葉に内心めちゃくちゃ喜んだわけで、今思うと恥ずかしい気持ちになります。

 この村では習い事のシステムは発展していないようです。それよりか物々交換やプレゼントを頻繁に行い、人々の心遣いを重視するようでした。

 私もそれに倣って、上手にこのジャムをプレゼント出来ればいいのですが……。

 ジャム瓶とにらめっこしてしばらく沈黙。

 ……頑張れとか、声をかけて欲しいものです。


 さて。ぶつくさ言うのも飽きましたし、バーベナさんの素敵なお庭でも見させて頂きましょうか。ドアまでは砂利の小道が続いていますが、その両脇には色々なブースがありますよ。

 まずは、かまどブース。手作りのかまどでは時々ピザを焼くようで、おすそ分けを密かに楽しみにしている私がいます。傍の畑ではクランベリーが上手に育っています。手作りの看板が実にキュートです。

 さらに、一昨年に亡くなったのだというワンちゃんのお墓があります。黄色の可愛い小花がお供えされていて、名前はカブちゃんといいましたっけ。彼の埋葬にはどんな方法を用いたのでしょうか……気になりますけど、軽く聞ける話ではありませんね。

 奥には牛舎があってモウモウ聞こえます。さすがに人の家をうろうろするわけにいかないので、あとは空を眺めたりして過ごします。

 それにしてもバーベナさんは時間がかかっているようでした。


「大丈夫ですかー?」

「はーい、ちょっと待ってねー」

 少女のように跳ねた声で返って来たのは、意外に近いところからでした。

「待たせてごめんねー」

 すぐに出て来たバーベナさんは、両手に沢山の荷物を抱えておりました。おすそ分けにしては多すぎる荷物の量を、いくつかもらい受けようと思って手を出しますと、ピクニックシートを促されたので、私はそれを庭の芝に敷くことになります。

 しっかりと皴を伸ばすと、バーベナさんはそこに荷物を置いて、

「さあ座りましょう」

 と、言いました。

 私はよく分からず、とりあえずバーベナさんと一緒にそこに座り、広げられていく荷物をただただ見ます。

「さあさあさあ、チーズパーティーよ!」

「チーズパーティー!?」

 せっせと入れ物を開けていくバーベナさんが嬉しそうに言いました。ピクニックシートの上に、チーズケーキ、レアチーズタルト、チーズマフィン、麦パンとディップソース、カプレーゼ、チーズサラダ、紅茶、お砂糖、ミルク、ジャム、またたく間にいっぱいに広げられました。

「だって今日は、あなたがこの村に越してきてちょうど一年になるでしょう? お祝いしなくっちゃね」

 うふふと微笑むバーベナさんを見守りながら、私は言葉を失っておりました。サンドウィッチ三つで既にお腹いっぱいだった私。今からこのケーキ達はちょっと重いかな……などと内心ごねていた馬鹿者で、今すぐ私自身を叱ります。


 おすそ分けは、思いがけなく私の為のチーズパーティーとなり、私はバーベナさんお手製のお菓子やサラダを惜しみなく頬張りました。

「だって、めちゃくちゃ美味しいんですもの~」

「まあまあ、どんどん食べて。あなたの為に作ったんだもの。残ったって、あの人甘いもの食べてくれないんだから」

 バーベナさんは甲斐があると本当に嬉しそうでした。

 私の方も食欲の限り口に運び、残りは紙に包んでお持ち帰りさせてもらう事に。全く、自分でもずうずうしいよなと思いながら、有り難く頂戴してしまうずうずうしさに呆れます。どれも絶品なんだからしょうがないことです。


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◆バーベナおばさん:とっても優しい隣人です。この村での暮らしについてほぼ全部教えていただいています今も。夫婦でいつも趣味ごと三昧の日々。もう60年は生きそうなくらいに活き活きとしております。にこにこ笑顔でチャーミングな可愛いおばあちゃんなのです。

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