終わらない冬

 コツ 、コツ 、という音で、小さな羽のトリは目を覚ましました。その音は巣穴の入り口から聞こえます。

 姿は見えなくても、小さなトリは気が付きました。「彼が来てくれたんだ!」そして蓋の向こうに居るであろう彼に向って叫びます。

「待っていてください! いま、開けますから」

 返事は聞こえず、その間もコツ、コツと音は続きます。立派な羽のトリはきっと自分に合いたくて辛抱堪らないのだと思い、それだけ自身の小さな羽をパタパタと振り、同じように蓋をつつきます。両側から聞こえる音のなんと心地よいこと!

 そうして何度かつついていくと、硬い蓋の感触がなくなり、くちばしから風の感触が伝わってきました。首を引いてできた穴から覗いたのは、自分たちのまんまるの目ではありませんでした。それは自分たちよりも少し大きく、両端のとんがった楕円形をしています。

 リスだ! 小さな羽のトリは声にならない叫び声を上げて、後ろに飛び退きます。それは小さな羽のトリと共に開けた穴に手をかけ、パキパキと器用に穴を広げていきます。そして風がびょおびょおと入ってくるのと同じように、自分よりも大きな身体のリスが入ってきました。

 小さな羽のトリは背骨がひっくり返るような、外気に体の内側を晒されたような気分に、おなかの中が気持ち悪くなりました。それと同時にどうして穴をあける手伝いなんてしてしまったのだろうと後悔しました。それさえしなければ、このリスは分厚く造られた蓋に諦めていたでしょう。

 逃げるには体が固すぎました。動く暇もなく、小さな羽のトリはリスに捕まえられます。そして長い前歯を見せたかと思うと、小さな羽のトリの目の上にかぶりついたのです。

 ゴキャ、という音が脳に直接響きました。硬いものと柔らかいものが混ぜられる音です。痛みよりも先に、小さな羽のトリは、兄弟と両親と一緒に巣にいたころ、巣から落ちた弟が同じようにリスに頭からかみ砕かれていたのを思い出しました。自分はあんな目に遭うものかと固く誓ったこともです。

 二回目に同じ音が聞こえたとき、視界がぐにゃりと歪みました。原因となったその液体は目の奥からではなく目の上から流れてきていました。

 小さな羽をジタバタと動かせば、それだけリスの掴む力も強くなります。

 こんな時に、彼がいれば……。

 小さな羽のトリは自分を置いて南の島に行ってしまった立派な羽のトリを思い出します。彼ならこういう時、なんとかして逃げ出すんじゃないでしょうか、と考えます。そしてこの場にいない彼を恨みます。それは小さな羽のトリが立派な羽のトリに対して初めて抱いた、嫌悪感だったのです。同時にそんな自分が嫌になります。今ここにいるのは自分のせいなのに、と。


『きみは冷たい風も心地いいって言ってたけれど、全然気持ちよく何てなかったのさ! 寒くて死んじゃうかと思ったよ』

 もし、もしも立派な羽のトリが戻ってきて、ここにいてくれたら、自分にくっついてそんなことを言うんだろうと、小さな羽のトリは考えます。大きさの違う羽がくっついたところはきっと春の日差しのように暖かいのだとも。

 それが現実逃避だということは、小さな羽のトリも理解していました。

 びょおびょおという音とリスが自分の脳みそを食べる音だけが、ずっと、聞こえるのです。しかし体はリスの体毛のせいか、熱くて、熱くて、堪りませんでした。

 君のいる南の島も、こんな風に暑いのでしょうか、だったら少し嫌だなあ。

 小さな羽のトリは、ひとりぼっちで、唯一の友人である立派な羽のトリの姿を思い浮かべます。リスの前歯が一瞬見えたかと思うと真っ暗で何も見えなくなって、小さな羽のトリはそれっきり、羽をジタバタするのもやめてしまいました。




 寒い冬の中、リスが木にできた穴から顔を出します。危険がないことを確認した小動物は素早く枝を伝って別の木へと移ります。

 出てきた穴の中は、そこかしこに血がついており、いっそうの血だまりの中に小さな鳥の死骸があります。その周りは血がついて抜け落ちた小さな羽が散らばっていました。

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春の中で春を待つ 下村りょう @Higuchi_Chikage

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