きみのことを、ずっと待っていたんですよ。

すぐそこの春

 コツ 、コツ 、という音で、小さな羽のトリは目を覚ましました。その音は巣穴の入り口から聞こえます。

 小さな羽のトリは身構えました。冬はリスが巣穴に入ってこようとするのです。巣穴の蓋を叩くだけで諦めるリスもいれば、蓋を破って中に入ってくるリスもいます。何年か前には、リスに巣穴を明け渡して、寒い中で地面の枯れ葉を集めて別の木に移ったこともありました。そうなれば食べ物もなく、寒い中でお腹を空かせて春を待たなければいけません。でもそうしなければいけないのです。小さな羽のトリは、兄弟と両親と一緒に巣にいたころ、巣から落ちた弟がリスに頭から噛み砕かれていたのを思い出します。自分もあんな目に遭ってしまうのではないかと考えると怖くて、巣穴のためだけに闘う気にはなりませんでした。

 どうか、リスではありませんように、ニンゲンの捨てたゴミが巣穴の蓋にぶつかっている音でありますように。

 小さな羽のトリは目を瞑って祈ります。しかしコツ 、コツ 、という音は次第に強くなり、遂には穴が開いてそこから寒い風が一気に入ってきました。小さな羽のトリは観念して、せめて食べられないようにと、暖かかった塒から出て羽を広げます。

 しかし、穴から覗いたのは、まんまるの目でした。リスとは違う目です。

 目はいいます。

「やあ、こんなところにいたのかい。ずいぶん探したよ」

 次に穴から飛び出てきたのは大きなクチバシでした。クチバシはコツン、コツンと蓋を破っていきます。そして風がびょおびょおと入ってくる大きな穴から入ってきたのは、あの立派な羽のトリでした。

 小さな羽のトリは開いた口が塞がりません。

「どうして……」

「きみがいつまで経っても南の島に来ないから、探しにきたんだよ。それなのにきみったら巣穴に蓋までしちゃってるんだもの。南の島はきみには暑すぎたかな?」

 寒いから、まずは巣穴の蓋を直そうか。と立派な羽のトリは言いました。


 蓋を元通りにして、塒にも入らずに2羽は離れて座ります。

「ぼくは、きみにひとつ嘘をついていました」

「どんな嘘だい?」

「ほんとうは……ほんとうは、長く空を飛べなくて。僕の羽では南の島にはとうてい辿りつけないんです。だから毎年こうして、巣穴を作って冬を越しているんです。ほんとうは、きみには知られたくなかったのに……」

「どうしてぼくには知られたくないの?」

「だって、きみは仲間想いだから。ぼくが南の島に行けないと知ったら、心配して一緒にいてくれるかもしれないと思ったから。でも、寒い思いをするのはぼくだけでいいから。きみにはほかの仲間がいるから、彼らと南の島にいてほしかったんだ」

「どうして。だってぼくたち友達だろう」

「でもきみには仲間がたくさんいるじゃないか」

「ぼくには友達がたくさんいるけれど、きみの友達はぼくだけだろう。友達に寂しい思いをさせるのはいやだよ。きみは、ひとりほうが良かったのかもしれないけど、ぼくはいやだったんだ。きみは、わがままなぼくはいや?」

「そんなことない! ほんとうは、きみと一緒に冬を過ごせたらと何度も思いました。巣穴だって広いところを探して、木の実もふたり分用意して、でもきみに寒い思いをさせたくなかったから」

「なんだ。きみったら謙虚なんだなぁ」

 立派な羽のトリは小さな羽のトリの言葉をさえぎり、円い目を大きくして言いました。そして続けます。

「友達ってのは、わがままを言い合うもんだろう」

 今度は小さな羽のトリが目をまんまるにしました。

 小さな羽のトリは、わがままを言わないのが友達だと思っていました。でも自分に寂しい思いをさせたくないという、彼のわがままは不思議と心地よくて嬉しかったのです。それはきっとお互いにわがままを言ったからです。立派な羽のトリの言うことが正しいのです。

「そんなに離れていないでさ、きみの作った塒に一緒に入ろうよ」

 2羽で塒に入ります。1羽だけのときの塒と違って、暑く感じます。これが友達の暖かみなんだと思うと、ひとりぼっちの冬で冷え切っていた小さな羽のトリの心も温かくなってきました。

「きみはひとつ嘘をついたと言ったけど、もうひとつ嘘をついていたよ」

 隣に座った立派な羽のトリは言いました。でも小さな羽のトリには心当たりがありません。首を傾げて「なんですか」と聞きます。

「きみは冷たい風も心地いいって言ったけれど、全然気持ちよくなんてなかったのさ! 寒くて死んじゃうかと思ったよ」

 立派な羽のトリは小さな羽のトリにくっつきます。2羽の大きさの違う羽がくっついて、そこは春の日差しのように暖かいのでした。

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